■酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)

朝鮮陶工の李参平により良質の陶土が発見されたため現在の佐賀県西松浦郡有田町に移住した酒井田円西は、息子である喜三右衛門とともに陶器や白磁、染付などの磁器を製作していたが、やがて17世紀前半に喜三右衛門は赤絵磁器の焼成に成功し、柿右衛門を名乗りました。初代柿右衛門は乳白色(濁手)の地肌に赤色系の上絵を焼き付けるという柿右衛門様式と呼ばれる磁器の作風を確立し、その作品はヨーロッパなどにも輸出されマイセン窯などでは模倣品も作られました。また、磁器の発祥地である中国の景徳鎮窯にも影響を与え(景徳鎮伊万里)、同様の作品が作られやはりヨーロッパに輸出されました。1666年に没した初代、その息子である二代(1620年 – 1661年)、二代の弟の三代(1622年 – 1672年)は製作期が重なっており、作風にも大きな差は見られないようです。また、三者とも極めて技量が高かったと言われますがこれに加えて四代(三代の息子、1640年 – 1679年)までの間が一般的に初期柿右衛門とされます。
柿右衛門 濁手
柿右衛門の最高傑作はやはり「濁手」です。柿右衛門様式は、「濁手(にごしで)」と呼ばれる温かみのある白い地肌、繊細で華やかな色絵、余白を十分に生かした左右非対称の構図に特徴があります。江戸時代中期に廃れたが、十二代・十三代が復活させ、1971年柿右衛門製陶技術保存会による「濁手」の技法が国の重要無形文化財になります。
14代酒井田柿右衛は柔らかな白い磁器の地肌に赤を中心とした鮮やかな色絵を描く有田焼の代表「柿右衛門様式」の伝承者です。野の草花などを徹底したスケッチを基に華やかに描く独特の作風で、平成13年色絵磁器の分野で国の無形文化財いわゆる人間国宝に認定されました。14代柿右衛門は昭和9年、日本の色絵磁器発祥の地・佐賀県有田町で13代柿右衛門の長男として生まれます。350年余り続く柿右衛門窯の当主になることを生まれながらにして運命づけられた柿右衛門は、高校時代は祖父(12代柿右衛門)の勧めで美術部に所属し、さらに東京の多摩美術大学の日本画科に進学します。卒業後、父(13代)からはロクロを学び、祖父(12代)からは絵と絵具の調合を学びましたがしかし、決められた世界に息苦しさを感じて何度も家出します。その都度迎えに来たのは祖父だったそうで父や祖父について学ぶうちに、「余白の美」を最大の特徴とする「柿右衛門様式」の奥深さ、広さに次第に気付かされていきます。そして昭和57年、14代柿右衛門を襲名致します。

 


 

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