◎骨董品買取で福岡市早良区にて古美術品や掛軸お茶道具や書道具など

一式買取り致しました。

こちらのお宅は多趣味の方でおもちゃや切手、古銭、書道の墨などなかなかの数寄者のお宅でした。

下の写真も「達磨」の掛軸で達磨だけでも30本コレクションしていました。

達磨図
達磨(378−528)は、南インドの香至国(こうしこく)の国王の三男として生まれました。名前を菩提多羅(ぼだいたら)といいます。
当時、般若多羅の同門の6人が、6つの宗派に分かれて、互いに争っていました。
ところがどれも真実を教えてはいませんでした。達磨は、
「このままでは人々は本当の幸せになることはできない」
と考えて、敢然と立ち上がったのです。
それぞれ大きな僧侶の集団になっていましたが、達磨は、一宗一宗赴いて、大論争を行い、すべてを破ったのです。こうして達磨の名は、インド中に轟き渡りました
また中国には、禅の教えはすでに達磨到着の300年前から伝わっていましたが、いまだ実践する人はほとんどありませんでした。そんな520年の9月21日、中国の広州に、120歳の達磨は下り立ったのでした。
達磨は壁観を続け、その厳しさは、手足がくさって切り落とさねばならないほどだったと言われます。
達磨の名声をねたむ者からは、殴打されたり、石を投げつけられることもありました。
それでも達磨は微動だにもしません。やがて投石は顔に当たって歯が欠けたといわれます。
さらには毒をもられたりもしますが、それでも修行を続けます。
達磨はたいてい怖い顔で描かれていますが、あれは、他人をにらみつけているのではありません。手足が腐るほどの修行に、くじけそうになる自分の心を見つめて苦しみに耐えているのです。
最後は念仏三昧を行じ、528年10月5日、150歳で亡くなりました。死を惜しんだ時の皇帝から大師号が贈られ、達磨大師となりました。

骨董品買取の福岡玄燈舎ではそんな歴史の達磨の掛軸を買取り致します。お気軽にお問い合わせください。受付年中無休 電話050-3569-2100