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■ コンプラ瓶を買取ました!骨董品/福岡

 

■先日は硯や陶磁器、掛軸の買取で福岡中央区にお伺いいたしました。この陶磁器は輸出用の古い瓶です。コンプラ瓶とは本来、江戸〜明治時代に東南アジアやヨーロッパへお酒や醤油を輸出する際の容器として使われていたものです。 木の樽だと風味が損なわれるため、長崎で生産されている波佐見焼で作ったのが始まりです。 「コンプラ」とはポルトガル語の「コンプラドール(comprador)」に由来するもので、「仲買人」という意味があります。17世紀前半頃、長崎の商人たちは「金富良社(こんぷらしゃ)」という組合をつくって、東インド会社を介し日本製品の輸出を行っていました。その輸出製品の中に醤油も含まれており、当時醤油の容器として用いられていたものが通称「コンプラ瓶」と呼ばれている瓶です。

コンプラ瓶

これは染付で文字がかかれた徳利形の瓶で、主に波佐見で生産されていました。コンプラ瓶の大きさは高さ20cm程で、口はコルクの栓で密閉されていたようです。瓶の上部には呉須で「JAPANSCHZOYA」とかかれています。「ZOYA」が醤油のことを指しています。瓶の下部に「CPD」とかかれているものもありますが、これは「コンプラドール」の略です。中には「JAPANSCHZAKI」とかかれたものもありますが、これはお酒を入れていたものだそうです。コンプラ瓶は日本からヨーロッパへ醤油を運び、フランスのルイ14世も醤油を好んで料理に使わせていたとか。またロシアの文豪トルストイは、コンプラ瓶を一輪差しとして使っていたという逸話もあります。このコンプラ瓶の生産が開始されて以降、大正時代まで生産し続けた波佐見の窯は、三股・永尾・中尾の諸窯だったという。
ちなみに、瓶のデザインは、日本のお酒を入れる徳利(とっくり)が見本となっているのだそうです。

骨董品買取の福岡玄燈舎ではコンプラ瓶や伊万里焼を買取致します。査定や見積もりだけでも構いませんのでお問い合わせください。受付年中無休 電話050-3569-2100

★査定のポイント

●状態…汚れや傷の少ないコンプラ瓶に高価買取で期待できます。
●その他… 江戸期のコンプラ瓶は人気です

 

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