■和楽器の中でも個人的に大好きな尺八を買取致しました。今回は骨董品の買取依頼で福岡市博多区に参りました。こちらでは代々雅楽を嗜んでおられているご家族で殆ど使用されずに保管されていた古い楽器類を整理したいとの事で査定させて頂きました。着物や茶道具などの骨董品をはじめ琴や三味線、笛や和太鼓などがある中で一番古く状態の良い尺八を見つけました。この尺八は都山流の尺八で「姫山」の銘がある物です。
尺八買取ります
都山流は流祖・初代中尾都山の没後、二代、三代を経て平成2年(1990)より四代中尾都山が当流派を率いています。現在、教授資格を持つ師匠は約4,000名に及ぶ国内最大とも言われる尺八流派です。元来、尺八は江戸時代に虚無僧が独占し、演奏する曲も宗教的なものがほとんどでしたが、都山は明治36年(1903)の「慷月調」をはじめとして従来の古典尺八曲にはない新しい「都山流本曲」を次々と作曲しました。また古典尺八本曲はほとんど独奏曲でしたが、都山は合奏曲の本曲という新しい分野を開拓しました。更に都山は地歌・箏曲に新たな尺八の手付け(てつけ)を加え、三曲合奏(箏・三絃・尺八)における尺八の地位を高めました。都山はこれらの作品を独自の記譜法で楽譜にし、明治41年(1908)から出版を始めました。後年、月刊誌「都山流楽報」の発行(大正3年より)、試験制度による教授者の育成(明治44年より)、評議員制度による組織の運営(大正6年より)などの新基軸を打ち出し、短期間で都山流は尺八界最大と言われる流派になりました。これらの功績により、都山は昭和28年(1953)に日本芸術院賞を受賞しました。その尺八は骨董品業界でも人気のアンティークな古楽器ですが価格的に価値が高い物は状態が良く製作者が著名な事、良い味の古い竹を使用したもの…などが挙げられます。ご自宅に古い尺八はございませんか?骨董品買取の福岡玄燈舎では尺八や楽器の買取に力を入れています。お気軽にお問い合わせください。
受付年中無休 電話050-3569-2100

◎その他の買取品…この度、出張買取では掛軸茶道具、おもちゃ、陶磁器などのほかにも琴や琵琶、笛などの和楽器も査定いたしました。琴は残念ながらお役には立てなかったものの写真の三味線がありました。こちらは「津軽三味線」といって骨董品買取でもよく見かける普通の三味線とはちがい棹の太いタイプですね。
津軽三味線買取り
三味線は元々は発祥は中東とされます。その後構造的に変化しながら、インドを経て中国に入り、中国南部において「三絃」が成立します。この「三絃」が沖縄を経て畿内に持ち込まれ、江戸時代中期に日本独特の三味線となりました。以降、三味線は日本各地の土着芸能と融合して様々に発達し、当時日本最北端であった津軽地方において津軽三味線となります。 「津軽三味線」とは青森県津軽地方で盲目の旅芸人達が始めた門付け芸です。彼らは坊様(ボサマ)と呼ばれ長く蔑まれました。家々の軒先で三味線を弾き歩き、米やお金を貰って歩いたとされます。やがて民謡の旅まわり一座などで弾かれるようになり、名人達の手によってより発展して行くようになりました。楽器の特徴としては音響が大きいことがあげられます。義太夫以外の三味線で、これほどの音量を出す弦楽器はないですね。第二は器楽曲の部分が大きいことで、民謡三味線という範囲を越えて、むしろ民謡の伴奏楽器であることを忘れさせる。さらに第三の理由として、「曲弾き」といわれる超絶技巧の演奏があります。ほかの三味線音楽にも同じ部分はあるが、津軽三味線はそこにポイントが置かれている。津軽三味線は、義太夫のそれと同じく大型で、胴は大きく棹も太く、駒も大きい。撥は多く水牛製のものを使います。糸も太めのものを使うので、音に幅があり、低音がよく響きます。そして棹をやや立てて弾くスタイルです。これは放浪の琵琶法師の弾き方の影響を受けているともいわれております。このような独特の個性のある楽器ですがその価値としては材料の良しあしとつかわれるパーツの質でかなり開きがあります。骨董品買取の福岡玄燈舎では古い三味線を買取致します。お気軽にお問い合わせください。 受付年中無休 電話050-3569-2100

◎その他の買取品…昨日の骨董品買取依頼では茶道具や陶磁器、掛軸のほかに西洋アンティーク品として腕時計や蓄音機、ラジオなども買取させていただきました。写真の腕時計は昭和中期のセイコークラウンです。残念ながらすぐに止まりますので修理は必要なアンティーク品ですが外観の状態はとてもよくパット見ると「金張り」かと思うくらいピカピカでした。

アンティーク腕時計買取ります
セイコークラウンは1959年頃に登場しています。昭和34年3月~1966年初め頃までの約7年間に製造されました。日付あり(セルフデータ)やクロノグラフ、スペシャル・バージョン等シリーズ展開されました。それだけ一般に浸透していた腕時計だったということです。そして、海外時計の対抗馬となるべく1960年に登場したのがグランドセイコーという訳です。両者は同じく諏訪工場の出身で、クラウンの高級発展型がグランドセイコーであるという過去の繋がりを持つようです。現役だった当時、グランドセイコーは高級ポジション、クラウンは中堅ポジションの様な関係であったようです。セイコーでの名称は「DIASHOCK」(ダイアショック)です。生産個数の多数を21石の製品が占めていて、じつは19石の製品は少ないです。この時代の腕時計はしっかりと作られていますがやはり50年以上たつとメンテナンスが必要になってきます。高く買い取れる腕時計はメーカーや状態でかなり差が出ます。ご自宅で保管する際はできるだけ湿気がない場所にて保管してください。丁寧な査定で評判の骨董品買取の福岡玄燈舎では古い腕時計を買取しております。お気軽にお問い合わせください。受付年中無休 電話050-3569-2100

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