■骨董品の出張買取依頼でもよく目にする掛時計ですが今回の時計はアンティークなオランダ製掛時計です。このアンティーク時計はメーカーの名前が見当たりませんが機械の中ほどに「オランダ」とありました。 大きな分銅が2個ありそれが重さで降りることによって自動でぜんまいを巻き上げる仕組みになっております。こちらは1970年代後半の製造の西洋アンティーク品です。
重錘式柱時計 クサリ引き柱時計、ボンボン時計とも呼ばれています。 重錘式とは・・・動力源は、重り(分銅)。重りが垂れ下がる力で動きます。クサリで重りがつり下げられています。重りが下がるとクサリを引いてつり上げるので・・・クサリ引き、とも呼びます。
電気的なものは使わず、重り(分銅)の重力により動く時計のことです。 部品の全部が、金属製部品を使用しています。機械の構造は、全舞式の機械の構造と同じです。一番車(全舞車)だけ、ゼンマイではなく、クサリを引っ掛けるようにできています。そして重り(分銅)が二つの時計と三つの時計があります。まず重り(分銅)が二つの時計とは振り子を動かしている時間側と、ボンボンと打つ時報側の二つです。次に重り(分銅)が三つの時計はウェストミンスター打ちなどのオルゴールの鐘打ち用の重り(分銅)です。
ウェストミンスター打ちなどが付いている柱時計は、ほとんどが舶来品です。写真のレトロな掛時計は分銅が2個の時計です。このようなアンティークな時計は状態で高く売れるかどうかが決まります。メーカーで相場もありますがやはり状態がよい時計ほど価値が高いですね。骨董買取の福岡玄燈舎では貴重な掛時計の買取を行っております。お気軽にお問い合わせください。
◎その他の買取品…福岡筑紫野市で骨董品や茶道具の買取依頼を受けました。お茶の先生ともありまして茶席の着物や小物、掛軸などに混じってとても古い工芸品もありました。写真の提げ物があり漢詩が刻まれてある煙管です。ボロボロの煙草入れに中国風の煙管です。
大きくわけると、刻み煙草を詰める火皿(椀形の部分)に首のついた「雁首」(火皿の付け根から羅宇と接合する部分まで)、口にくわえる部分の「吸い口」、それらをつなぐ管の「羅宇」(らう/らお)にわけられましす。その形状に応じて「石州」「女持ち」「如心」「刀豆」「手綱」「光大寺」「砧」といった名称が存在するようです。茶道に煙管が取り入れたのは、江戸時代の初頭のことでした。室町時代の末期に、ポルトガルの宣教師によって日本にもたらされた”たばこ”。それ以降、日本では煙管を用いての喫煙習慣が広がりました。とはいえ、当時のたばこは非常に高価な薬品の一つ。裕福な武士の一家や商人のみが楽しめる「貴重な品」であったと伝わっています。しかし、徐々にたばこをめぐる状況は変化。江戸幕府がたばこ禁止令を出していた時期もありますが、たばこの値下がりなども影響し、庶民にも喫煙習慣が広がっていくことになります。それと共に、煙管文化も広まっていったのです。茶道において煙管が採り入れられるようになったのは、こんな時代のことでした。「たばこ盆」と呼ばれるお盆の上に、「煙管」や火種を入れておく「火入れ」などを共に乗せ、客人にふるまわれました。そんな歴史のある煙管ですが高く売れるポイントは状態の良しあしと材質です。銀製のものもあり彫刻や象嵌の入った物が相場や査定も高いようです。勿論在銘の物も品によっては高く取引されている骨董品の一つです。骨董品買取の福岡玄燈舎では煙管や中国骨董を買取致します。お気軽にお問い合わせください。
◎その他の買取品…小さな医療棚買取りました。昭和20年代の診療所で使用されていた小さなアンティーク家具です。通称「ケビント」といわれる医療棚の仲間です。福岡筑紫野市にて骨董品の買取依頼を受け伺ったお宅は30年ほど前まで病院を経営されてたお宅で柿右衛門や今右衛門などの有名作家物の陶磁器や油絵なども多数ありその他にも写真のアンティーク医療棚もありました。
この医療棚はつまみがガラス製で扉が観音開きの木製アンティーク家具です。サイズが小さいので雑貨を入れたりちょっとしたディスプレイにもできますね。ケビントとは薬品を収納したりする医療棚、いわゆるドクターキャビネットのことです。その昔、医療用語はドイツ語が使われていたため、キャビネットが訛って日本ではケビントとなったそうです。病院や保健室などに置かれている(いた)ガラスの扉のついた白い棚です。今はスチール製がほとんどですが、昔は木でできていました。骨董品の買取の福岡玄燈舎ではこんなおしゃれなアンティーク医療棚を買取致します。昔病院や診療所をされていた方で自宅にまだ残っている方はお気軽にお問い合わせください。