ランプの買取/骨董品・福岡
福岡市中央区のお宅より鉄瓶や茶道具の買取があり伺ったところランプやガラス食器も沢山ありましたので査定させて頂きお預かりいたしました。写真は明治期の吊ランプです。
灯油を入れて灯す灯りです。現在では使用せずにインテリアとして飾られています。日本ではアメリカ等と違って、一つの机の上に一つずつランプを置くような生活習慣は無かったようです。日本では天井から照明器具 を吊るす方法が一般的です。当時、日本では机の上のランプは滅多に見ることができません。そういう次第で日本では置きランプよりも吊りさげランプが重きを成したようです。石油ランプは、油壺に石油(灯油)を入れて使用する灯火具です。油を吸った芯に火をつけて、ガラス製のほやで火が消えないように風から守ります。また、調節ねじで芯の長さをかえることで、炎の明るさを調整して使います。江戸時代末から明治時代にかけて外国から日本に伝わり、洋灯とも呼ばれました。石油ランプのあかりは、当時の菜種油やろうそくを使った日本の灯火具「あんど
ん」や「 燭といわれます。床に座る日本の生活様式に合わせて、ランプを床に置いても周囲が照らせるように、専用の台にのせて使用するなどの工夫をして取り入れられ、一般の家庭にも広まりました。置きランプの他に、天井から吊るしたり(吊ランプ)、壁に掛けたりするランプもあります。吊りランプはあかりを下方に反射させるように、
笠がついています。明治七年の「東京日日新聞」は「近代紙張の行燈益々衰えて、玻璃燈日々盛んなり」とランプの一般庶民への流行を報ずるとともに「舶来のみならず和製のランプも出廻り、東京市内に普及す」と記しています。また明治十八年発行の「東京流行細見記」には「らんぷ屋」の売り上げランクまで上げられています。売上番付まで上げるほどですから相当の売上があったことが想像でき、明治中期になると東京市内のほとんどが石油ランプによる燈火に変わって来ました。一方、地方においても裕福な人がいち早く使用して宣伝の役を務め、そのうちにランプ屋さんなどの行商人や雑貨屋などで売り出されるようになって末端まで浸透していきました。 かくして日露戦争後の好況時代に一層ひろく用いられるようになり、全国的なランプ全盛の時代を迎えます。
骨董品買取の福岡玄燈舎ではランプを買取ります。お見積りだけでも構いませんのでお問い合わせください。受付年中無休
★査定のポイント
●状態…汚れや傷の少ないガラスのランプに高価買取で期待できます。
●作家銘や作品銘の有無…サインやメーカー名のあるランプには高価買取が期待できます。
特に明治期の日本のランプは貴重です。