骨董買取の福岡玄燈舎は骨董品や古美術品、アンティーク、昭和レトロな物から着物、古書、切手、茶道具、掛軸など古い物を買取ります

骨董買取の福岡玄燈舎では着物や和小物を買取ります!

〇骨董買取の福岡玄燈舎では古い着物や古布、和小物の買取を行っていますが少し着物の歴史や移り変わりなどのお話をさせて下さい。

着物とは、文字通り『和』の『服』つまり日本の衣服という意味になります。明治時代以前の日本には、着物や和服という言葉はなく、江戸時代でも呉服問屋という言葉はあったようですが、着物のことを和服とは言っていなかったようですね。着物という言葉は、『着るもの』という意味の着物で、単なる“服”という意味の言葉だったようです。西洋人たちが着ていた「洋服」に対して、「従来の日本の衣服」を表す言葉として『和服』という言葉が出来たと思います。衣服の中には、洋服や和服があるということですが、海外の方に『和服』は、“kimono”という呼び方で知られていています。着物は日本固有の衣装であり、民族衣装とされています。その着物の中には日本人特有の文化が凝縮されています。四季折々の豊かな自然に恵まれ、その自然と生活様式の中で養われた日本人の感性は、「虫の音」「風の音」「せせらぎ」「花鳥風月」「侘び寂び」「粋と雅」などの言葉に表現される、独特の美意識を生み出したと言われております。

養老三年に発布された元正の衣服令で元正天皇により、
『天下百姓ヲシテ襟ヲ右ニセシム』“日本人は皆、着物の衿を右前に着ること”と決められたのです。しかし、衣服の形自体は大陸の文化『唐風』を真似ています。元々、着物に決められた定義(条件)があるとすれば、『着物は右前に着る』これだけなのです。衣服令が発せられた奈良時代の8世紀の衣服の素材には、絁(あしぎぬ)や苧麻(ちょま)、麻、藤などの植物繊維が主でした。正倉院の宝物を見ますと、既に8世紀には、素晴らしい織りや、藹纈(ろうけつ)や夾纈(きょうけつ)、纐纈(こうけつ)などの、染色の仕方があったことがわかります。平安時代、公家や貴族などの身分の高い人たちの衣装は、源氏物語にも語られていて、衣冠束帯や十二単と呼ばれる女御装束でありました。一般庶民の衣服や着物がどのような形をしていたかを伝えるものはありませんが、簡単な小袖に細い帯を締めていた程度だったと思われます。衣服令が定められて約1300年間、定義は守り続けられ庶民が着ていた小袖は、その時々の社会情勢や生活様式の中で、自然な変化が繰り返されていったものだと思います。

明治時代になって、洋服が入ってきて、裕福な家庭の人たちの間では、少しづつ洋服を着る人が見られるようになって行きましたが
一般庶民の間ではまだ洋服が普及することはありませんでした。日本人の被服習慣を一気に変えたのは、第二次世界大戦です。男性は国民服を着るようになり、女性はモンペを着るようになります。当時の日本では服飾に関心を持つことなどできる状態ではありませんでした。そして戦争が終わって、女性達は所持していたが着られなかった着物を着るようになったのです。昭和30年代~40年代初めころまでは、着物や和服を普段着として着る女性が多くなり、日本の高度成長期といわれる時代には、戦争の反動から呉服業界は『着物は出せば売れる』というバブルのような時期があったようです。しかし、
着物が高価であり着付けが煩わしいことなどの原因、そして安価で簡単に着れるオシャレな洋服には敵わず、
徐々に着物を普段着とする人が少なくまりました。

そこで呉服業界は和服のTPOみたいな約束事を作って宣伝しましたが庶民は「和服は難しい」というイメージを、より強く持つようになってしまったのです。しかもテレビなどのメディアの影響で、洋服人気は高まり、着物を着る人はどんどん少なくなっていきました。この結果、呉服業界はさらに不振になり、反物など織物生産を担う業界の倒産が続きました。しかし今また着物が注目されて。若者や、外国人観光客の着物姿をよく見かけます。近年、アンティークな着物が人気を集め、古着を扱うお店も見かけはじめました。

買取品一覧 明治~昭和初期中期までの着物や小物

■高価買取のポイントは…

その1…アンティーク着物ですが保存状態の良い着物
その2…より古く上質な着物や反物
その3…とても古い布団や絵絣、のぼり、風呂敷などの中にはとても高価な物があります。
その4…作家物や銘がある着物や反物と簪や帯留めなどの小物類は大事に保管しておきましょう。

■家の中のどこに眠っている?お宝を発掘しましょう!

殆どの古い着物はは忘れ去られて使われなくなった箪笥に収められています。
可能性が高い場所は…
①押し入れ…着物や洋服などと一緒に収められているので状態の良い古布や着物が眠っています。
②戸袋…とても古い骨董やアンティーク品が良く出てくる場所です。埃や汚れも溜まっていますが
当時大事にしていた着物などはよく新聞に包まれて眠っているのを見かけます。
③倉庫や蔵…今まで見たことのない骨董品が良く出てくる場所ですね。古布や着物も出てきますが状態はまちまちです。
④中二階、隠れ部屋…この場所からは超高額なアンティークや骨董品などのお宝が良く出てくる場所ですがほとんど改築されていたり片付けられている秘密の場所です。残っていたらラッキーです。

 

 

〇着物や和小物売るなら骨董買取の玄燈舎福岡にお任せください

古い着物や小物… 絣 金紗 縮緬 夜着 絵がすり のぼり 紬
モスリン 人絹 綿 布団 風呂敷 帯 和装小物 櫛 帯止め 簪

骨董買取の福岡玄燈舎では着物の他、簪や笄、帯止めや札入れなど和装小物や古道具の買取を行っております。大正ロマンから昭和レトロな着物、古布、和装小物や古道具まで買取致します。福岡太宰府の玄燈舎では他にも骨董、茶道具、オモチャや着物、レトロ家具、古本、楽器、コレクション品、昭和の品物など出張買取致します。お売りになる際は是非、骨董買取の福岡玄燈舎へご連絡ください。

■福岡県内外にお住まいの方の骨董品、アンティーク、着物、古本、家具など明治~昭和40年代のモノを中心に出張買取させて頂きます。下記以外の買取品でもお気軽にご相談ください。尚、リサイクルショップや廃品処分業者の紹介もお任せください。片づけや家屋解体、お引越しの際にも大変喜んで頂いております。

 

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着物、和小物の出張買取の流れ

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