琉球やむちんの買取/福岡での琉球焼の買取は福岡玄燈舎にお任せ下さい。置物や骨董品 古美術品 アンティーク 着物 茶道具 書道具 玩具 古本 楽器 切手 武具 昭和レトロなどの出張鑑定買取は福岡太宰府の玄燈舎にご相談ください。福岡久留米北九州 糟屋 宗像 古賀 太宰府 筑紫野 春日市他無料出張鑑定致します

■琉球やむちんの買取や鑑定は玄燈舎にお任せ下さい!

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■ご自宅や蔵にはやむちんの皿や壺などございませんか?福岡玄燈舎には引越しや片付けなどの際に価値の分からない琉球壺屋焼きの皿や壺、酒瓶などを売りたいというお客様から毎日、多数のご相談を頂きます。福岡玄燈舎では琉球壺屋焼きの買取経験が豊富で、現在の価値や相場に見合った買取価格をご提示させていただきます。特に魚紋の絵付けややむちんの抱瓶などのお品は高価格でお買取させていただきます。査定料など手数料は全て無料ですので、買取価格や価値、相場だけ知りたいお客様もお気軽にご相談ください。

 

◎以下のようなやむちん壺屋焼でもご相談ください

■欠けがある…■真贋不明…■鑑定書がない…■箱が無い…■保存状態が悪い…などなどお気軽にお声掛け下さい

琉球、壺屋焼の買取り実績

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■お問い合わせ方法

 

■琉球やむちんの買取時によくある質問…

Ⓠどのような壺屋焼が買取対象なのでしょうか?
A絵付けの変わったものが価値や価格は高いと思われます

Ⓠ鑑定書や栞、箱などがない壺屋焼は査定可能ですか?
A鑑定書や箱がなくても問題ありません。宜しくお願い致します

Ⓠ県外に在住なのですが、買取や査定をお願いすることはできますか?
A大丈夫です。遠方でも品物の量や種類でお伺いできる可能性が御座いますのでご相談ください。

Ⓠ入手経路や詳細が一切不明の品でも、査定してもらえますか?
A用途に関わらず査定・買取いたします。

Ⓠ古くて汚れがある琉球焼にも価値や価格が付きますか?
A汚れていても評価の高いものは多数ございますのでご相談ください。

■「やむちん」とは…

沖縄の言葉で焼物のこと。
ぽってりと厚い形状に力強い絵付けがなされた器や壺は、沖縄の人々の暮らしに深く根付いています。その歴史は古く、沖縄の焼物の始まりはおよそ6600年前に作られた土器といわれます。
中世に入ると、徳之島で焼かれたカムィ焼と呼ばれる灰黒色の焼物や中国産陶磁器が沖縄へ入ってきます。
さらに15世紀には朝鮮、タイ、ベトナム、日本から陶磁器を輸入するようになり、古くは城の瓦などを主体に作られていたとされる沖縄の焼物も、こうした海上貿易などの影響を受けることで、焼物としての質が高まり技術の向上につながっていったといわれています。
1616年には、薩摩から招いた朝鮮人陶工である一六、一官、三官が湧田窯(現在の那覇市泉崎)で朝鮮式技法の指導にあたり、現在のやちむんの基礎を築きました。
さらに1682年には王府が工芸産業振興制作の一環として、県内に分散していた知花、宝口、湧田といった複数の窯場を那覇市壺屋に統合。これが壺屋焼の始まりとなります。当時焼物は王府への献上品としても利用され、功績を残した陶工を士族に列するなど、王府は焼物作りの発展に積極的でした。

■「やむちん」の種類…

実は2種類あります 現在作られている「やちむん」は大きくわけて、「上焼(じょうやち)」と「荒焼(あらやち)」の2種類。 「上焼」は赤土に白土で化粧がけをしたり釉薬をかけたもののこと。 食器など日常でつかわれるものの多くは上焼となります。

■「やむちん」の形

①カラカラ…鹿児島や沖縄地方でみられる伝統の酒器である「カラカラ」。カラカラ
沖縄の方言では「貸せ=カラ」の意味で、あるお酒好きのお坊さんが丸餅からヒントを得て作った絶対に倒れない徳利が評判になり、人々の間で「貸せ貸せ=カラカラ」と呼ばれるようになったという説があります。
また、中に陶玉が入っていて、空っぽの状態で容器を振るとカラカラと音が鳴ることからこの名が付けられたとも言われているそうです。

②チェーカー…もとは泡盛用の土瓶を「チューカー」と呼んでいましたが、現代では急須としてお茶用に使用するのが主流となっています。チューカーの持ち手はしなやかな竹であることが多く、優しい印象を与えます。

 

 

 

嘉瓶…ひょうたんのような縦長の形の酒器を「嘉瓶ゆしびん」といいます。嘉瓶買取
かつて、祝いの席などのめでたい場で酒を入れるのに使用されてきました。
泡盛を詰めて相手に贈り、祝いが終われば持ち主に返されたと言われています。

 

 

④抱瓶…「抱瓶だちびん」は三日月型の酒器で、紐を通し腰にぶら下げて持ち歩く、いわゆる携帯用の酒瓶です。抱瓶
持ち主の腰にぴったり沿うように片側がえぐられたような独特な形がユニークですね

 

 

 

 

⑤厨子甕…遺骨を納めるための容器である「厨子甕ずしがめ」。厨子甕買取
かつて、沖縄では“洗骨”という儀式が行われていました。
遺体を墓の中や洞窟に数年ほど安置し、その後骨を洗い厨子甕に入れ、墓の中に入れて供養していたそうです。
昭和45年(1970年)頃には洗骨の風習はなくなりましたが、現代でも祖先の骨を納めるために厨子甕が使われています。

■「やむちん」の代表作品

沖縄各地で作られているやちむんですが、中でも最もポピュラーで沖縄を代表するのが「壺屋焼つぼややき」と呼ばれるやちむんです。那覇市にある壺屋という地域で主に生産されていることから、その名が付きました。
壺屋焼は、琉球王国が東南アジア諸国との交易を通し技術を吸収してきたことから、多種多様な技法と沖縄で採れる土(赤土や白土)、そして伝統的な釉薬ゆうやくで作られているのが特徴です。その中でもとくに有名な作家さんは「金城次郎」さんです。金城次郎とは、1912年(大正元年)12月3日に沖縄県那覇市で誕生した沖縄を代表する陶芸家です。幼い頃から近所に壺屋の窯があったこともあり、壺屋焼きには親しみがあったようで、1925年に新垣栄徳の製陶所に入門し、わずか12歳にして陶工として歩むことを決意しました。
この時に、新垣栄徳を通じて生涯交流を続けることとなる浜田庄司と出会います。
途中戦争で中断してしまいますが、1945年に沖縄戦終結後に壺屋に仕事場を持って独立し、浜田庄司や河井寛次郎らの指導を受けながら戦後に窮乏してしまった壺屋の陶工を救うために力を注いでいきました。
1954年(昭和29年)に、第6回沖縄美術展覧会に工芸部門が新設されたため、新垣栄三郎と小橋川永昌と出品し、1955年(昭和30年)第29回国展に初入選となります。
1958年(昭和33年)には、ルーマニア国立民芸博物館に「魚紋大皿」と「抱瓶」が永久保存され、同年12月には東京三越本店で「沖縄壺屋三人展」開催します。
1972年(昭和47年)に、読谷村座喜味(よみたんそん ざきみ)に移転して沖縄県指定無形文化財技能保持者にも認定されました。
また1977年(昭和52年)には、現代の名工として労働大臣に表彰され、1985年に人間国宝、沖縄県功労章受章となりました。

 

 

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■お問い合わせ方法

 

■どのような「やむちん」でもお気軽にご相談ください

どのような琉球、やむちんでもお気軽にご相談ください
箱なしや時代不明、銘なしなどの九谷焼もお気軽にご相談ください。
どのような琉球焼きでも、長年多くの陶磁器を査定してきた私どもがしっかりと査定させていただきます。査定の結果、現在の相場でのお値段でお買取させていただきます。窯の種類は問いません。 どのようなやむちんでも査定料や訪問料などは一切いただきませんので、ご売却をお考えの「やむちん」がございましたら福岡玄燈舎にお気軽にご相談ください。

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