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■ 買取ました!骨董品/福岡

 

■骨董品買取の福岡玄燈舎です。梅雨も後半戦に入り災害が起こらないことを祈っています。さて今回の出張買取は福岡市早良区のマンションでした。20年前にご実家の蔵から持ち出したもので大きな屏風や鎧兜、掛軸や茶道具などたくさん拝見させて頂きました。その一つに今回の紹介品である「渡辺崋山」の掛軸がありました。

渡辺 崋山(わたなべ かざん)は、江戸時代後期の武士で画家です。三河国田原藩(現在の愛知県田原市東部)の藩士であり、のち家老となった人です。谷文晁にも教えを受けました。文晁は華山の才能を見抜き、画技のみならず文人画家としての手本となります。師の文晁に倣って南画のみならず様々な系統の画派を広く吸収しました。また文人画は清の惲寿平に強く影響されていました。肖像画は陰影を巧みに用いて高い写実表現に成功しています。西洋画の影響があったことは間違いないがかつて例のない独自の画法を確立させました。当時から華山の肖像画は人気があり多くの作品を画きます。代表作としては、「鷹見泉石像」・「佐藤一斎像」・「市河米庵像」などが知られています。その後、1837年にモリソン号事件が起き、渡辺崋山はこれを批判する『慎機論(しんきろん)』を書きました。しかし、田原藩の年寄役でもあった崋山は、高野長英の『戊戌夢物語』のような幕府を批判するようなことは書けませんでした。よって『慎機論』は世には出ませんでしたが、蛮社の獄における家宅捜索で『慎機論』が発見されてしまいます。これによって崋山は、田原において、永蟄居(えいちっきょ)の処罰を受けました。
永蟄居とは、江戸時代の武士の刑罰で、一生謹慎し、外出を禁じるとういう重いものです。こうして生活は再び貧しくなり、絵を売って生活費の足しにしようとしました。しかし田原藩に迷惑をかけてはいけないという思いから、自ら命を絶ちました。

骨董品買取の福岡玄燈舎では掛軸や屏風を買取致します。査定や見積もりだけでも構いませんのでお問い合わせください。受付年中無休 電話050-3569-2100

★査定のポイント

●状態…汚れやしみの少ない掛軸に高価買取で期待できます。
●作家銘や作品銘の有無…在銘や落款、箱書きや入手経路などが判る掛け軸には高価買取が期待できます。
●その他… 南画や中国画は人気です

 

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