福岡市西区で中国茶心壷を買取りました!

錫の中国茶壷/骨董買取
錫の中国茶心壷

福岡という街は不思議なものである。夏が終わりきらぬうちに、突然にして風の中に秋の仕込みを忍ばせてくる。まるで鍋の底に焦げが少しずつついてきたのを「おっと危ない」と台所のおかみさんが木べらでこすったように、ほんのりと秋の香りを漂わせてくるのである。そんな季節の変わり目、私の骨董商売にも一つのドラマがやってきた。舞台は福岡市西区。登場人物は、上海帰りの叔父様の遺産を抱えた家族と、骨董屋の私と相棒である。

事の発端は一本の電話であった。受話器の向こうから漂ってきたのは、どうも只者ではない匂い。声の主は、「叔父が戦前、上海で事業をやっていて、引き上げのときにいろいろ持ち帰ったんですけど……」とさらりと言う。その調子が、こちらの心臓を軽く数拍リズムアップさせるのに十分だった。「上海」という二文字に骨董屋の耳は反射的にピクンと跳ねる。戦前の上海といえば、西洋と東洋と阿片とチャイナドレスが入り乱れた夢幻の大都会。その地で仕入れられた古美術品ときたら、ただのガラクタであるはずがない。電話を切るや否や、私は「よし、任せなさい」とばかりに翌日の予定を白紙にした。

翌朝、福岡市西区へ向かう車中、相棒と私は妙にソワソワしていた。車窓から見える青空は、秋の試作品のようにまだ青すぎるが、風だけは季節を裏切らぬ冷ややかさを帯びている。相棒がハンドルを握りつつ、「上海ものって本当にあるんですかね」と言うので、「まあ夢でも幻でも、行ってみなけりゃ分からん」と返す。骨董屋稼業、九割は肩透かし、残り一割で心臓が破裂する。今回がどちらになるのかは、まだ神のみぞ知るである。

さて、依頼主宅に到着。表札の横には季節外れのアサガオがまだ咲いている。玄関をくぐると、漂ってきたのは畳と古紙とインクの混ざり合った匂い。これは骨董屋にとって芳香剤のようなものだ。奥の部屋に案内されて開いた襖の向こうに広がる光景は、まさに骨董屋の夢のカーニバル。中国の絵画や書画、青白磁の皿や壺、硯や筆や墨、さらには台湾の掛軸と煎茶道具が山のように積み上げられている。

私は思わず、「これは宴か幻か」と口をついて出てしまった。相棒はといえば、両目をまんまるにして魚屋の競りに来た新米のような顔をしている。骨董屋というものは心臓の鼓動を悟られぬよう平静を装う訓練をしているはずだが、目の前の光景にはその修行も無効である。

まずは仕分けから。私が書画と掛軸担当、相棒が陶磁器と煎茶道具担当。二人で黙々と作業に取りかかる。だがこの「黙々」が曲者で、実際は「ああ、これは明のものか?いや待て、欠けが多いぞ」「おおっ、この朱泥の急須は中々じゃないか」と、うっかり声が漏れてしまう。まるで子供が夜店でくじ引きをしているように、次から次へと小さな歓声を上げてしまうのだ。

陶磁器は明時代の物が多い。もっとも、戦火や引き揚げの混乱を経ているせいか、どれもこれも欠けやヒビが愛嬌のように入っている。欠けを見つけて「惜しい!」と叫び、無傷を見つけて「奇跡!」と叫ぶ。その繰り返しである。

掛軸の束を解いていくと、中から戦前の中国美人画が顔を覗かせた。白粉の肌に紅を差し、目元は流し目。思わず「おお、上海のマドンナ!」と叫ぶと、相棒が茶托を手に「こっちにも美人がおるよ」と茶器を撫でる。何でも美女に見えてしまうのは骨董屋の悪癖である。

煎茶器の群れは壮観であった。朱泥や紫泥の急須がゴロゴロと出てきて、今回の目玉の湯呑や錫の茶托、茶心壷まで揃っている。ひとつひとつ手に取っては撫で、耳に当てては重さを確かめる。その姿はまるで宝石商。もっとも値段は宝石ほど派手ではないが、骨董屋にとってはルビーも急須も輝きは同じである。

品数を数えてみれば三百点を優に超える。まるで骨董のフルコース。査定の数字が積み重なるにつれて、こちらの血糖値もアドレナリンも急上昇していく。依頼主も「へえ、そんなになるんですか」と目を丸くし、我々も「いやはや、まだまだ出ますぞ」と背筋を伸ばす。査定は六時間にも及び、最後には汗でシャツが背中に貼りついていた。骨董屋の仕事は座学ではなくまさに格闘技である。

夕方、ついに取引成立。依頼主は満足げ、我々はぐったり。しかし、妙な達成感が体の芯に残っている。帰りの車中、相棒が「これ、全部運ぶのも一苦労ですね」と言うので、「苦労の先にビールが待っとるさ」と笑う。車窓には赤とんぼが飛び、空はようやく夕焼け色に染まり始めていた。

こうして福岡市西区の上海帰り骨董一座は、我々の手に渡った。宴か幻か、いや確かに宴であった。骨董屋という生き物は、この一日のために九割の肩透かしを甘受するのである。だからこそ商売はやめられない。六時間の格闘と三百点の古物は、ただの商い以上に、秋の入り口で私にとっての収穫祭となったのであった。

この茶壷については下記で詳しくお話しておりますので最後までお付き合いください。宜しくお願い致します。

買取品の詳細

凸凹がありますがいい味の茶心壷です/骨董の買取は福岡玄燈舎
凸凹がありますがいい味の茶心壷です

◇この「茶心壷」は錫でできております「金清號」と銘があります。明時代の物で凸凹や変形はありますが水漏れやヒビはありませんでした。小さな割にはとても重酷な茶心壷で当時の上流階級の方が使用されていたと見受けられます。

 

買取査定額

◇茶心壷の買取査定額もしくは評価額ですがまず第一に時代と作者や工房、次に状態、ほかには刻印が複数あればより高価買取&できます。

ご自宅に古い茶道具や中国美術品が御座いましたら一度拝見させてください。もちろん状態や時代、作者、作品でもお値段は変わりますのでご了承ください。

 

■過去の作品買取例


御錫屋天下一美作守 700,000円
沈存周 漢詩茶人彫 錫製茶心壷一双  600,000円
一刀萬象 味原郷 山水彫刻 茶心壷 一双 550,000円
錫屋半兵衛造 古錫大茶心壷 350,000円 他多数

茶心壷とは?

金清號の刻印/中国の骨董の買取は福岡玄燈舎
金清號の刻印

「茶心壷」とは、主に中国・明清時代から近現代にかけて発展した茶器の一種で、特に煎茶や文人趣味の広がりとともに重宝された小型の壷を指します。用途としては、茶葉を保存するための茶壷(ちゃふう/ちゃつぼ)の中でも、実用と美観の両面を兼ね備えた器物を呼ぶ場合が多く、日本においては江戸期以降、煎茶文化の広がりとともに「茶心壷」という語が定着しました。

茶壷はもともと中国で生まれた茶葉保存容器が源流ですが、単なる貯蔵用の道具を超え、茶人や文人たちが愛玩する美術的対象となっていった点に特徴があります。そこに「心」という字を添えた呼称は、茶人たちが器に託した美意識や精神性を表すものといえるでしょう。


起源と歴史的背景

中国での発展

茶心壷の源流は宋代から明代にかけての中国の茶器文化に求められます。宋代にはすでに茶壷(特に宜興窯で作られた紫砂壷)が広まり、明代以降は茶葉の飲用法の変化──すなわち抹茶から煎茶(茶葉を煎じて飲む方法)への移行──とともに、保存容器や急須の需要が増大しました。
この中で、茶葉を保存する壷は単なる倉庫的器物から、文人の机上や茶席に置かれる観賞性の高い道具へと昇華していきます。

日本への伝来

日本には江戸時代初期に煎茶文化が伝わるとともに、中国渡来の紫砂壷や陶磁の茶心壷が流入しました。黄檗宗の僧・隠元隆琦やその弟子たちが持ち込んだ煎茶道具の中には、茶壷や茶入れが多く含まれており、京都や有田、備前など日本各地の窯場もこれを模倣し、独自の茶心壷を制作しました。江戸中期には煎茶趣味が広がり、文人画や書と並んで「茶心壷」は茶席の中心的アイテムのひとつとなります。


代表的な作家・工房

中国・宜興窯(紫砂壷)

最も有名なのは中国江蘇省宜興で作られた紫砂壷です。朱泥や紫泥と呼ばれる鉄分を含んだ土を用い、無釉で焼き締める手法が特徴。茶葉の香りを損なわず、使い込むほどに風合いを増すため、茶心壷としても高く評価されました。代表的な工人には以下が挙げられます。

  • 時大彬(じだいひん, 明代)
    紫砂壷の大成者といわれ、実用性と芸術性を兼ね備えた壷を制作。茶心壷の基本的なフォルムを築いた。

  • 陳鳴遠(ちんめいえん, 清代)
    端正な造形と細密な装飾を得意とし、茶人や文人に愛された。

日本の茶心壷の展開

  • 有田焼(佐賀県)
    伊万里焼・柿右衛門様式など、色絵磁器の茶心壷が制作され、茶人に好まれた。特に江戸中期以降、煎茶文化に合わせて文人趣味を反映した雅味ある茶壷が登場。

  • 京焼・清水焼(京都)
    粉引や色絵の茶心壷が知られ、煎茶道具の中心的存在に。

  • 備前焼(岡山県)
    無釉の渋い焼締壷が、文人趣味に適い、茶葉保存に重宝された。特に江戸後期から明治期にかけて人気を博す。

代表的作家には、京焼の奥田頴川、仁阿弥道八などがあり、彼らは煎茶器としての壷を数多く制作しました。


代表作品

  1. 時大彬作「仿古茶壷」
    紫泥を用いた端正な造形の茶壷。実用的でありながら、力強い存在感を放つ。

  2. 陳鳴遠作「梅花詩文茶壷」
    詩文や梅花の彫刻が施され、文人趣味を色濃く表す作品。茶心壷として鑑賞価値も極めて高い。

  3. 有田焼色絵茶壷(江戸後期)
    唐草文や花鳥文を色鮮やかに描いた作品。茶葉を入れるだけでなく、床の間の飾り物としても珍重された。

  4. 仁阿弥道八作「青華茶心壷」
    染付の清雅な意匠を施した京焼の茶心壷。煎茶席での格調を高めた逸品。


茶心壷の特徴

  1. 実用と美観の融合
    茶葉保存という実用性を備えつつ、形状や文様に高度な美的価値を追求している。

  2. 多様な素材
    中国では錫やられる。地域性と窯場の特色が現れやすい。

  3. 文人趣味の象徴
    茶心壷は単なる保存容器ではなく、文人の机上に置かれ、書画や硯と並んで「文房四宝」に準ずる存在となった。壷の姿そのものに「心」を映すと考えられたのである。

  4. 使用による変化
    特に紫砂の茶心壷は使い込むほどに艶を増し、茶葉の香気を宿す。長年の愛用が作品価値を高める。

茶心壷は、茶葉保存の実用品として生まれながら、やがて文人や茶人の美意識を映す芸術品へと昇華しました。起源は中国宋~明代の紫砂壷にあり、日本では江戸時代の煎茶文化とともに発展。宜興窯の巨匠時大彬や陳鳴遠、有田や京焼、備前の名工たちが手がけた茶心壷は、今日でも美術館や茶席を飾る逸品として鑑賞されています。その魅力は、茶を入れる器という枠を超え、日々の暮らしや精神性を映す「心の壷」である点にあります。

 

参考サイト

和泉市久保惣記念美術館(大阪府)

錫製の茶心壷が収蔵されており、透明感と風格ある錫の風合いが楽しめます。煎茶席向けの茶葉容器として、格高い作りや風格が求められた造形が特徴です

大阪市立美術館(大阪府)

過去の展覧会「清風の茶、煎茶の美」では、煎茶道具一式とともに茶心壷も展示されました。江戸~明治時代の煎茶文化を背景に、器としての存在感を味わえます

薬木美術館(大阪市)

正式名称は「湯木(ゆき)美術館」。茶具を中心に多数の工芸品を所蔵しており、重要文化財13件、重要美術品3件を含む歴史あるコレクションが魅力です。茶心壷が展示される可能性も高く、注目の美術館です。

三井記念美術館(東京都)

茶の湯をテーマとした企画展を行うことが多い美術館です。過去には利休・織部・遠州などの茶道具展が開催されており、茶器に関心がある方にはおすすめ

藤田美術館(大阪市)

日本および中国の茶道具を豊富に所蔵し、春秋に特別展を実施しています。所蔵品の中には茶壷もあり、茶心壷の類似品が展示されることもあるかもしれません

■その他の買取品目

 

★骨董品買取の福岡玄燈舎では古美術品の他、アンティークや掛軸、茶道具、書道具、絵画、仏像、勲章、中国陶磁、甲冑など多彩な骨董品を査定買取しております。お見積りだけでも構いませんのでお気軽にご相談ください。

★無料出張エリアはコチラです

■骨董品買取の福岡玄燈舎

〒818-0068 福岡県筑紫野市石崎2-6-25A

☎050-3569-2100

【電話受付】9:00~19:00

【店舗営業】不定休の為、お問い合わせください。

★古物商許可証 第909990038581