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福岡市中央区で掛軸を買取りました!

春というのは、どうにも人を浮かれさせる季節らしい。福岡の街も例外ではなく、が近づくころになると、人々は「花見はまだか」と空ばかり見上げている。桜のつぼみの機嫌ひとつで一喜一憂し、咲けば騒ぎ、散ればまた惜しむ。忙しいことである。

もっとも、我々骨董屋にとっては、桜が咲こうが散ろうが、さほど関係がない。花びらの枚数より、茶碗の箱書きのほうがよほど気になる。風流といえば聞こえはいいが、要するに飯の種である。世間が浮かれている時ほど、こちらは妙に冷静で、むしろ「いい品が出てこないか」と別の意味でそわそわしているのだから、同じそわそわでも質が違う。

さて、今回の出張買取は福岡市中央区の古家。こういう「古家」という言葉には、どこか期待を含んだ響きがある。人が長く住んだ家には、それなりに古い物も溜まる。物が溜まるということは、つまり査定のしがいがあるということだ。もちろん、期待通りとは限らないが、それでも行かずにはいられないのがこの古物商売の因果である。

玄関をくぐると、どこか時間の止まったような空気が漂っている。新築の家にはない、生活の澱のようなものがそこかしこに沈殿している。案内してくれた家主の話によると、今回の品々は叔母さまの遺されたものだという。茶道を嗜まれていたとのことで、なるほど部屋の隅々にその気配が残っている。

まず目に入ったのは、アンティークの食器や銀器の山。その隙間から、まるで春先の土手に顔を出す土筆のように、茶道具がひょっこりと姿を見せている。洋と和が無秩序に同居している様子は、どこか滑稽で、しかし不思議と調和しているようにも見える。人の趣味というのは、整然としているようで案外そうでもない。

「押し入れにもありますので」

その一言で、我々の仕事は本番に入る。押し入れというのは、骨董屋にとって小さな鉱脈のようなものだ。開けてみるまで何が出るかわからないが、だからこそ面白い。

襖を開けると、そこにはきちんと収められた茶道具一式。住吉蒔絵の、京焼の茶碗、鉄瓶…いずれも、それなりに場数を踏んできた顔つきをしている。派手さはないが、確かな存在感がある。こういう品は、持ち主の時間とともに育ってきたものだ。

裏千家の先生をされていたという話も頷ける。道具の揃え方に無理がなく、見栄や虚勢が感じられない。骨董品の世界には、しばしば「見せるための収集」があるが、これは明らかに「使うための道具」だった。それがまた、今となっては価値になるのだから、面白い話である。

そして、もう一つの山が掛軸だった。ざっと見て二十本ほど。これを一本一本ほどいていく作業は、なかなか骨が折れる。だが同時に、最も神経を使う場面でもある。

掛軸というものは、近頃あまり値が付かない。住宅事情の変化もあるし、そもそも床の間がない家も多い。飾る場所がなければ、いかに立派な書でもただの長い紙である。時代とは残酷なものだ。

ところが今回の掛軸は、そう簡単には片付けられない内容だった。ほとんどが大徳寺の歴代管長の書。いわゆる茶掛けとしては申し分ない顔ぶれである。紙の質、墨の勢い、箱書き――どれをとっても「なるほど」と唸らされる。

一本、また一本と広げていくたびに、こちらの気持ちも少しずつ引き締まっていく。こういう時、骨董屋は妙に無口になる。軽口を叩く余裕がなくなるのだ。品物に対する敬意というよりは、値付けを誤れば自分の首を絞めるという、実に現実的な理由からである。

査定というのは、要するに値段をつける作業だが、その裏にはさまざまな思惑が渦巻いている。高くつけすぎれば商談はまとまらないし、安すぎれば信用を失う。絶妙なところを探るこの感覚は、まるで綱渡りのようなものだ。

すべての品を見終え、頭の中で数字を組み立てる。家主の表情を横目で見ながら、どのあたりで着地させるかを探る。これもまた、この商売の醍醐味である。

提示した金額に対して、家主はしばらく考え込んだあと、静かに頷いた。その瞬間、張り詰めていた空気がふっと緩む。商談成立。拍子抜けするほどあっさりと決まることもあれば、何時間もかかることもあるが、今回は前者だった。

ありがたい話である。

荷物をまとめながら、ふと部屋の外を見ると、庭先に小さな草が顔を出していた。土筆かどうかは定かではないが、季節は確実に進んでいるらしい。世間が桜に浮かれるのも無理はない。

もっとも、こちらは次の仕事のことで頭がいっぱいだ。次回は西洋アンティークの査定とのこと。銀器か、ガラスか、それとも家具か。想像するだけで、少しばかり胸が高鳴る。

結局のところ、我々もまた「浮かれている」のである。ただし、その対象が桜ではなく、古びた品物であるというだけの話だ。風流とは縁遠いが、これもまた一種の季節感と言えなくもない。

古家を後にしながら、そんなことをぼんやり考える。春の空気はやわらかく、どこか油断を誘う。だが油断していると、いい品はすぐに誰かの手に渡ってしまう。

花見の席で一杯やるのも悪くはないが、我々には我々の花がある。箱の中に咲く茶碗や、紙の上に残る墨の跡。散ることもなければ、毎年咲くわけでもない。だが、一度出会えば、それなりに心に残る。

さて、次はどんな骨董品が顔を出すのか。期待と計算を胸に、また次の現場へ向かうとしよう。

ではまた。

この掛軸については下記で詳しくお話しておりますので最後までお付き合いください。宜しくお願い致します。

買取品の詳細

◇この「小田雪窓」の書は共箱付きでシミや汚れも少なく状態が良く表層もモダンなものに張り替えらていました。題目は「松無古今之色」です。ありがとうございました。

買取査定額

◇古い掛軸の買取査定額もしくは評価額ですがまず作家、次に時代や人気の図もしくは書、ほかには鑑識や共箱などあればより高価買取&できます。ご自宅に掛軸が御座いましたら一度拝見させてください。もちろん状態や時代、作者、作品でもお値段は変わりますのでご了承ください。

 

■過去の作品買取例

一行「清流無間断」共箱 50,000円
一行書 日々是好日 50,000円
『銀椀裏盛雪』 紙本 30,000円 他多数

小田雪窓とは?

小田雪窓(おだ・せっそう)は、臨済宗大徳寺派における近代の高僧であり、第506世住持・第11代管長として宗門を率いた人物であると同時に、茶道界において極めて重要な「墨蹟(ぼくせき)」の書き手としても知られる。


一、生い立ちと修行歴

小田雪窓の俗姓は小田、道号を雪窓、諱(いみな)を宗甫、室号を蔵暉という。大正元年(1912年)、鳥取市の広徳寺において出家し、幼少期より禅の修行に入った。

幼時より同寺の住職であった春窓和尚のもとで禅の基礎教育を受け、その後、大正8年頃には京都の妙心寺に移り、本格的な禅僧としての修行を開始した。妙心寺は臨済宗の中でも厳格な修行で知られる道場であり、この時期に雪窓は厳しい禅風を身につけたと考えられる。

昭和期に入ると、修行僧から指導的立場へと進み、昭和12年には京都亀岡の長林寺副住職、昭和18年には妙心寺派山内の大朱院住職となるなど、寺院運営と指導の双方で経験を積んだ。

さらに昭和25年、大徳寺僧堂の師家(修行僧を指導する最高責任者)に迎えられ、禅指導者としての地位を確立する。


二、大徳寺管長としての活動

昭和30年(1955年)、小田雪窓は臨済宗大徳寺派第506世住持に就任し、同時に第11代管長となった。

大徳寺は千利休とも深い関係を持つ禅寺であり、茶道文化の精神的中心でもある。その管長職は単なる宗務上の最高責任者にとどまらず、日本文化全体に影響を持つ存在である。雪窓はこの重責を担い、戦後日本における禅と茶道の精神的復興に寄与した。

また、龍翔寺に住して後進の育成にも尽力し、多くの僧侶や茶人に影響を与えた。昭和41年(1966年)、65歳で遷化(死去)。


三、書家としての位置づけ

小田雪窓は、いわゆる専門書家ではなく「禅僧の書」を体現した人物である。禅僧の書は一般に「墨蹟」と呼ばれ、単なる造形美ではなく、修行によって体得された精神の表出とされる。

雪窓の書は、茶道において特に重視される掛物(かけもの)として広く用いられている。彼の書は「素朴でありながら格調高い筆致」と評され、現代でも茶人に好まれている。

その書風は以下の特徴を持つ:

  • 簡潔で力強い一行書
  • 過度な装飾を排した自然体の筆致
  • 禅語の意味を体現するような気迫ある線
  • 余白を活かした静寂な構成

これは、技巧よりも「無心」「直指人心」を重視する禅の精神に基づくものである。


四、代表的な書・掛軸作品

雪窓の作品の多くは、一行書(短い禅語を一行で書いたもの)として残されている。代表的な題材・作品をいくつか挙げ、その意味と特徴を解説する。

1. 「薫風自南来(くんぷうみなみよりきたる)」

初夏の茶席で好まれる語。爽やかな風が南から吹いてくるという意味で、自然の清浄さと心の安らぎを象徴する。
雪窓の作品では、軽やかで流れるような筆致が特徴で、風の動きを感じさせる表現となっている。


2. 「東山水上行(とうざんすいじょうをゆく)」

禅問答に由来する語で、一見不合理な表現によって執着を打ち破ることを示す。
雪窓の書では、力強く大胆な筆線により「常識を超える禅の境地」を象徴的に表現している。


3. 「百花開誰為(ひゃっかたがためにひらく)」

「花は誰のために咲くのか」という問いを含む禅語。無心・無私の境地を表す。
雪窓の作品では、素朴で温かみのある筆致により、自然の無償性が表現されている。


4. 「松老五雲披(しょうおいてごうんひらく)」

松の長寿と吉祥を象徴する語で、祝い事の茶席などに用いられる。
堂々とした構成と安定した筆勢が特徴で、格調の高さが際立つ作品である。


5. その他の代表的語句

  • 「一鉢千家飯」:托鉢僧の平等性を表す
  • 「心静寿自長」:心静かならば寿命も長い
  • 「龍」「清風八極」など

これらはいずれも茶席で好まれる典型的な禅語であり、雪窓の書は実用性と精神性を兼ね備えている。


五、作品の美的・文化的特徴

小田雪窓の書の最大の魅力は、「禅僧の人格がそのまま線となって現れる」点にある。

1. 無作為の美

計算された美ではなく、修行によって自然に現れる線。これが茶人に「真の書」として評価される理由である。

2. 茶道との親和性

大徳寺系の墨蹟は、千利休以来、茶室の床の間に掛けられる最も重要な要素である。雪窓の書も例外ではなく、季節や趣向に応じて用いられる。

3. 精神性の高さ

単なる装飾ではなく、見る者に禅的な気づきを促す力を持つ。特に一行書は、短い言葉の中に深い思想を込める点で特徴的である。

 

参考サイト

大徳寺

高桐院(大徳寺塔頭)

龍翔寺

■その他の買取品目

 

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