
福岡県太宰府市で竹花入を買取りました!

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◇福岡はとにかく九月に入った。
暦というものは実に律儀で、九月一日になれば一応「秋」という顔をする。ところが太陽のほうは、そんな紙切れ一枚の都合など知ったことではないらしい。
人と会えば、「暑いですねえ」こればかりである。
朝、コンビニの前で会った人も暑い。電話の向こうの人も暑い。郵便屋さんも暑い。犬も暑そうだし、道端の植木も、たぶん暑い。
世の中、暑い暑いと言っている。
しかし、我ら骨董屋のおやじどもは、なぜかあまり「暑い」と言わない。
別に暑さに強いわけではない。むしろ弱い。
クーラーの効いた部屋に長時間いると、外へ出た瞬間に人間というより干物になる自信がある。車に乗り込んだところで、ハンドルは熱い、シートは熱い、ダッシュボードは熱い。エンジンをかければ冷風が出るまでの数分間、まるで蒸し風呂の中で自動車教習を受けているような気分になる。
それでも黙っている。なぜか。
仕事がないときほど、体力と気力は温存しておけ――。
これは骨董屋の古くからの教えである。
仕事がないのにウロウロする。仕事がないのに店を掃除する。
仕事がないのに棚の商品を並べ替える。 仕事がないのに市場へ出かける。
そんなことをしてはいけない。体力を使うからである。
気力も使う。そして何より、金を使う。だから仕事のない骨董屋は、じっとしている。
端から見ると、哲学者か、昼寝をしている老人か、あるいは何か大きな悩みを抱えた人間に見えるかもしれない。
実際には何も考えていない。
ただ、体力を保存しているのである。
「働かざる者食うべからず」などという昔の立派な格言があるが、我らの格言は少々違う。
「働く前に疲れるな」これである。
そんな、地球上でもっとも省エネな生物の一種である骨董屋のおやじが、ある日一本の電話を受けた。
「茶道具がたくさんあるんですが……」この一言である。
さっきまでソファに沈み込んでいたおやじが、急に立ち上がった。
不思議なものである。人間というものは、興味のあるものを目の前にすると、年齢も暑さも一瞬忘れる。
電話を切った頃には、もう車のキーを握っている。 相方も出動準備。
つい数分前まで、「今日は暑いから動かんほうがいい」
などと言っていた男が、車に飛び乗る。我ながら現金なものである。
いや、現金を扱う商売だから仕方がない 向かった先は福岡県太宰府市。
太宰府といえば天満宮、梅ヶ枝餅、そして観光客。
しかし骨董屋にとっての太宰府は、少し違う。
古い家があり、蔵があり、茶道具があり、時々「これはいったい何に使うんだ」というものが出てくる。
そして今回は一軒家である。玄関を開けて中へ入る。
すると、いきなりである。茶道具の山。
まるで茶道具が山を作って、我々を待っていた。
鉄瓶がある。茶碗がある。
棗がある。茶入がある。茶掛けもある。
水指もある。香合もある。
茶杓もある。そして、それらが一つひとつ霧箱――いや、桐箱に入っている。
骨董屋という商売をしていると、桐箱を見ると胸が躍る。
一般の方からすると、ただの古い木箱である。
しかし我々からすると、「開けてみなければ分からない箱」
である。箱というものは不思議だ。
中に何が入っているか分からないというだけで、人間の心をこれほど刺激する。宝箱と同じである。
ただし、骨董屋の宝箱は、開けた瞬間に「おおっ」となる場合と、「なるほど……」となる場合と、「これは……」と黙って箱を閉める場合がある。
最後の一つが一番多い。
今回の道具を一つずつ見ていく。茶碗を手に取る。箱を見る。箱書を見る。
中の道具を見る。また箱を見る。古いものなら古いなりの見方がある。
作家ものなら作家ものの見方がある。そして茶道具の場合、何より大切なのが「誰が使っていたか」ということである。
聞けば、前の持ち主は表千家の茶人だったという。
なるほど。それなら、この道具の量にも納得がいく。茶道というものは、実に道具の多い世界である。
一服のお茶を飲むだけなら、茶碗と茶筅と茶杓があれば何とかなる。
ところが茶の湯となるとそうはいかない。
季節がある。客がある。茶室がある。掛軸がある。花がある。
香合がある。釜がある。水指がある。菓子器がある。
そして、それぞれに「取り合わせ」というものがある。
つまり、一服のお茶を出すために、えらい数の道具が必要になる。
お茶というのは、実に優雅な顔をして、かなりの物量作戦なのである。
我々はその物量作戦の真ん中にいた。
一箱開ける。確認する。写真を撮る。メモをする。
次の箱を開ける。また確認する。そしてまた次。
外では九月の太陽が猛烈に照りつけている。
こちらも負けてはいない。ただし、戦っている相手が違う。
太陽ではなく桐箱である。
午前中から始めた査定は、昼を越え、午後へ。
時間が経つ。茶碗を見る目も疲れてくる。
棗を見る目も疲れてくる。掛軸を広げる腕も疲れてくる。
それでも、骨董屋という人間は妙なものである。疲れてくると、逆に少し元気になる。
「この箱は何だろう」という期待があるからだ。
人間、希望というものがあれば頑張れる。ただし我々の場合、その希望が桐箱に入っている。
そして、たまにその希望が空振りする。それでも次の箱を開ける。
人生とよく似ている。箱を開ける。期待する。がっかりする。
また開ける。また期待する。これを四時間ほど繰り返した。
気がつけば、こちらもすっかり汗だくである。
骨董屋の仕事というのは、よく「古いものを眺めて値段をつけるだけでしょう」と言われる。
とんでもない。古いものを眺める。箱を開ける。ひっくり返す。銘を見る。
箱書を見る。掛軸を巻く。また広げる。
しゃがむ。立つ。そして汗をかく。意外とスポーツである。
ただし、スポーツと違うのは、終わったあとに筋肉痛と一緒に「いくらになりますか?」という質問が待っていることである。
四時間の格闘の末、ようやく査定額がまとまった。こちらとしても慎重になる。
安く買えばお客様に申し訳ない。高く買えば今度はこちらが泣く。
骨董屋というのは、その間の細い橋を渡っているような商売である。
しかも橋の下には「仕入れ失敗」という川が流れている。
落ちれば泳げない。そんなことを考えながら査定額を提示した。
お客様は黙って金額を見る。こちらも黙る。相方も黙る。
暑さのせいか、緊張のせいか、三人とも妙に静かである。
しばらくして「それでお願いします」という返事。
商談成立である。その瞬間、四時間の汗が少しだけ報われた気がした。
骨董屋にとって、この一言はありがたい。「お願いします」
たったそれだけである。
しかし、その一言をもらうまでに、こちらは箱を何十個も開け、道具を何百回もひっくり返し、頭の中で値段を何度も計算している。
商売というものは、結局、汗と計算の繰り返しなのかもしれない。
帰りの車に乗る。太宰府の街を抜ける。夕方になっていた。
昼間あれほど威張っていた太陽も、さすがに少し疲れたのか、西の空へ沈もうとしている。
窓を少し開ける。風が入ってくる。朝からずっと汗をかいていた身体に、夕暮れの風が気持ちいい。
相方も黙っている。私も黙っている。仕事が終わったあとの沈黙は悪くない。
仕事がないときの沈黙とは違う。こちらは、ちゃんと四時間働いた者の沈黙である。
帰宅したら、冷えたビールでも飲もう。今日ばかりはうまいだろう。
そう考える。しかし、ここでふと思う。
骨董屋という商売は、妙な商売である。
世間の人が「古い」と言って捨てようとするものを、我々は「古いからこそ面白い」と言って拾う。
誰かにとってはただの箱。誰かにとっては思い出。そして我々にとっては商売。
同じ物でも、人間によって見え方が違う。
茶道具だって同じである。

茶碗一つにしても、ある人には食器、ある人には美術品、ある人には先祖の思い出、そして骨董屋には「さて、これはいくらだろう」という少々世俗的な問題になる。
だが、それでいいのだと思う。
美しいものを美しいと思う人がいて、それを大切にする人がいて、そして次の人へ渡す人がいる。
我々骨董屋は、その途中に立っているだけである。
立っているだけ、と言いながら、今日は四時間も立ったり座ったりしていたので足が痛い。
やっぱり明日は休もう。仕事がなければ、じっとしていよう。
体力と気力は温存しなければならない。ところが、そういう日に限って電話が鳴る。
そして「骨董品がたくさんあるんですが……」
などと言われる。その瞬間、また私は軽々と車に飛び乗るのだろう。
人間とは実に現金なものである。
いや、骨董屋とは、もっと現金な生き物なのである。
さて、今日は帰ってビールだ。夕暮れの風が、そう言っている。
たぶん、相方も同じことを考えている。九月になった。
まだ暑い。しかし、骨董屋の夏も、どうやら少しずつ終わりに近づいているらしい。
明日も暑いだろう。だから、できるだけ黙っていよう。
仕事が来るまでは。 電話が鳴るまでは。
そして電話が鳴ったら…また、何食わぬ顔で飛び出すのである。
骨董屋という、因果な商売を続けるために。
買取品の詳細

◇この「竹花入」は表千家の久田尋牛斎の箱書きがあり指物師の銘もあります。共箱付きで古竹がとても味わいがあります。題名は「庵乃友」とあり古い物ですが竹の割れなどは御座いません。茶室だけではなく床の間に飾られても風情が出る竹花入れです。
買取査定額


◇竹花入れの買取査定額もしくは評価額ですがまず第一に作者の知名度、竹の風合い、時代、著名な方の鑑識や付属品あればより高価買取できます。ご自宅に竹花入れが御座いましたら一度拝見させてください。もちろん状態や時代、作者、作品でもお値段は変わりますのでご了承ください。
■過去の竹花入れの買取例
松平不昧作 一重切竹花入 300,000円
本阿弥光悦 一重切竹花入 200,000円
如心斎 銘「小筒」 一重切 竹花入 150,000円
藤村庸軒造 竹花入 120,000円 他多数
久田尋牛斎とは?

久田尋牛斎(ひさだ・じんぎゅうさい)は、近現代の茶道史を語るうえで重要な茶人の一人です。本名を久田和彦、茶名・号を宗也(そうや)、斎号を尋牛斎といい、1925年(大正14)に京都に生まれ、2010年(平成22)に85歳で亡くなりました。表千家流の名門・久田家十二代を継いだ人物で、表千家十三代家元・即中斎千宗左に師事しました。
久田家は、千利休の時代にまでさかのぼる茶家です。その初代とされる久田宗栄は利休の姪を母に持つとされ、以来、久田家は表千家と深い関係を持ちながら茶の湯を伝えてきました。つまり尋牛斎は、単に一人の茶人というだけではなく、千家茶道の伝統を現代へ伝える家系の当主だったわけです。
1.久田家十二代としての歩み
尋牛斎は1925年1月21日、京都に生まれました。父は久田家十一代の無適斎宗也。京都大学文学部史学科を卒業したという、茶人としてはかなり学究的な経歴を持っています。その後、表千家十三代・即中斎千宗左に師事し、茶道の実技だけではなく、茶道具や茶の湯の歴史、銘などについても深い知識を身につけました。
尋牛斎の特徴を考えるうえで、この「学者的な茶人」という側面は非常に重要です。
茶道家元というと、点前や茶会、門弟の指導などを中心に考えがちですが、尋牛斎はそれだけではありませんでした。茶道具の研究にも熱心で、著書に『茶の道具』『茶の湯用語集』などがあります。表千家の理事も務め、茶道文化の普及・研究にも大きく貢献しました。
また、京都の久田家に伝わる茶席は「半床庵」として知られています。久田家の歴史そのものが、表千家の茶の湯文化を理解するうえで重要な存在なのです。
2.尋牛斎の作品とは何か
尋牛斎の名前で市場に出てくるものとして、特に目につくのが、
- 茶杓
- 一行書・短冊・色紙
- 掛軸
- 茶道具への箱書・書付
- 好み物・書付道具
などです。
ここで骨董品を見る立場から非常に重要なのが、尋牛斎の場合、「自分で作った工芸品」だけが作品ではないという点です。
例えば茶碗そのものは陶芸家が制作し、尋牛斎が箱書をするというケースがあります。実際、加藤芳右衛門作の絵志野茶碗などにも、尋牛斎による箱書が確認されています。
また、篠原如雪作の蜻蛉香合には尋牛斎の書付がある例も確認できます。
つまり古美術市場では、
「尋牛斎作」なのか、
「尋牛斎書付」なのか、
「尋牛斎箱書」なのか
をきちんと区別する必要があります。今回の買取品には箱書きですが花押も入っております
3.代表的な作品――茶杓
尋牛斎を代表する作品としてまず挙げたいのが茶杓です。
茶杓は抹茶を茶入や棗から茶碗へすくう道具ですが、茶人が自ら削り、銘を付けることで、単なる実用品から茶人の精神性を表す作品になります。
尋牛斎の茶杓には、例えば「徒然」や「老松」などの銘を持つものが確認されています。「徒然」の茶杓は西川煤玄が削ったものに尋牛斎の銘・書付が付された例があります。
また「老松」の茶杓では、影林宗篤作の茶杓に尋牛斎が銘を付けたものが確認できます。
ここで面白いのは、茶人自身が竹を削る場合だけでなく、優れた茶杓師が制作した茶杓に、茶人が銘を付けるという文化があることです。
「老松」という銘一つをとっても、長い年月を経た松を人生や繁栄の象徴として見る茶の湯の精神が込められています。
尋牛斎の茶杓を見るときには、形だけを見るのではなく、竹の姿、節、削り、銘、筒、箱書、花押まで一体として見ることが重要です。
4.書作品の特徴
尋牛斎の作品で茶杓と並んで重要なのが書です。
一行書、短冊、色紙などに茶の湯に関係する禅語や古典語を書いたものが多く、茶席の床に掛けることを前提としたものが中心になります。
尋牛斎の書は、いわゆる書道家の作品とは少し性格が違います。
茶人の書ですから、技巧を前面に押し出すというより、
「茶席に掛けたときにどう見えるか」
が大切になります。
余白を十分に取り、墨の濃淡や筆勢を生かしながら、茶室という限られた空間の中で文字が生きるように書かれています。
そのため、鑑賞するときには額縁の中の書作品としてだけではなく、床の間に掛けられた姿を想像すると、その良さが分かりやすくなります。
5.箱書・書付に見る尋牛斎
骨董品コレクターの方なら、むしろこちらのほうが興味深いかもしれません。
尋牛斎は多くの茶道具に箱書・書付を残しています。
例えば、
「尋牛斎」+花押
という墨書が桐箱に書かれているものがあります。
箱書は単なる「鑑定書」のようなものではありません。茶道具の作者や銘、由緒などを茶人が確認し、その道具を茶席で使う意味を明らかにするものです。
したがって、尋牛斎の箱書が付いた茶道具では、
- 道具そのものの作者
- 道具の出来
- 銘
- 伝来
- 共箱かどうか
- 尋牛斎の箱書・書付
- 花押の真贋
などを総合的に見る必要があります。
特に、共箱・共筒・仕覆などの付属品が揃っているものは、茶道具としての資料性も高くなります。
6.尋牛斎の美意識
尋牛斎の茶の湯を考えると、最大の特徴は伝統を守りながら、現代の茶道へつなげたことにあるでしょう。
久田家には長い歴史があります。しかし尋牛斎は単純に昔の茶をコピーしたのではありません。
茶道具について幅広い知識を持ち、古い道具の価値を理解しながら、現代の陶芸家・漆芸家・竹工芸家などとも関わり、茶の湯の世界を次代へ伝えていきました。
そのため、尋牛斎の「作品」を見るときには、本人が制作した茶杓や書だけでなく、彼が選び、認め、箱書をした現代作家の茶道具にも注目する必要があります。
実際、青森紘一による蔦蒔絵大棗に尋牛斎の箱書・朱在判がある例なども確認できます。
これは、尋牛斎が単独の作家というより、茶道具と茶人、職人を結びつける「茶の湯の総合プロデューサー」的な役割を果たしていたことを示す一面でもあります。
7.「尋牛斎」という号について
「尋牛」という言葉は、禅の世界でよく知られる十牛図を連想させます。
十牛図とは、牛を探し求め、ついには牛を得て、さらにそれを超えて悟りの境地へ向かうという禅の修行過程を表したものです。
「尋牛」という言葉には、文字通り「牛を尋ねる」という意味があります。
茶の湯においても、道具を集めれば終わり、点前を覚えれば終わりというものではありません。
「本当の茶とは何か」を探し続ける。
その意味で「尋牛斎」という号は、茶人としての生涯を象徴する非常に意味深い号といえるでしょう。
8.骨董品・茶道具として見る尋牛斎

骨董品として尋牛斎の作品を評価する場合、最も注意したいのは「尋牛斎の名前がある=すべて高価」というわけではない…ことです。
特に茶道具市場では、
尋牛斎本人の作なのか、
尋牛斎の書付なのか、
箱書だけなのか、
作者との関係はどうなのか
によって意味が大きく変わります。
例えば「尋牛斎箱書」とあれば、まず中身の茶碗や水指、香合、棗などの作者を確認する必要があります。
一方、尋牛斎本人の茶杓や自筆書であれば、作品そのものが評価対象になります。
そして、茶道具の場合は花押の確認が極めて重要です。花押は作家・茶人を特定する重要な手掛かりとなるため、箱書の筆跡や落款、花押、箱の状態、旧蔵者の伝来などを総合して判断します。
■参考サイト

■その他の買取品目
★骨董品買取の福岡玄燈舎では古美術品の他、アンティークや掛軸、茶道具、書道具、絵画、仏像、勲章、中国陶磁、甲冑など多彩な骨董品を査定買取しております。お見積りだけでも構いませんのでお気軽にご相談ください。












































