福岡市西区で旧日本帝国海軍の短剣を買取りました

買取品の詳細

◇福岡で骨董品買取を行っている福岡玄燈舎です。今回の買取は福岡市西区の閑静な住宅街にお伺いいたしました。今回の骨董品査定のお宅は祖父の方が旧日本海軍で佐世保にて将校をされていた方でその方の遺品を整理していたところ軍刀や軍服、写真や戦争資料などがたくさん出てきてどこのお店にさて依頼しようかと悩んでいたところ友人の知り合いに当店を紹介されて連絡されたとのことでした。本当に感謝しております。今回、一番気になっておられたのは写真の海軍の短剣とのことです。模造刀ではありましたが外装などは当時物で状態もよく貴重なものでしたので高価買取させていただきました。ありがとうございました。尚、その際に軍服、写真、勲章や戦争資料なども多数見つかりました。

海軍短剣:模造刀ながら高価買取

お客様が一番気にされていたのは、写真に写っていた海軍の短剣です。こちらは模造刀でしたが、外装は当時のもので状態も良好。貴重な品物として高価買取させて頂きました。ありがとうございました

福岡玄燈舎の買取について

福岡玄燈舎は、骨董品や古美術品の買取を行っております。

今回の買取のように、軍刀や軍服などの戦争資料や写真帖も買取しております。

遺品整理などで出てきた不要な骨董品や古美術品がありましたら、ぜひ福岡玄燈舎にご相談ください。

 

買取査定額

■今回の短剣の買取価格ですが摸造刀にもかかわらず当時の外装やパーツなどもそろっており状態がすこぶるよろしかったので40000円という高額で買取致しました。海軍と陸軍野持ち物を比較するとやはり海軍の方が需要と供給のバランスにより高値で流通いたします。ご自宅に日本軍の遺品がございましたら是非、拝見させてください。よろしくお願いいたします。

 

 

ちなみに旧日本軍の軍刀の代表的なものは、以下の通りです

陸軍

  • 明治  (1873年制定): フランス陸軍の歩兵刀を模倣した軍刀。
  • **** 三十 二年式軍刀 (1899年制定): 明治刀を改良した軍刀。
  • **** 九八式軍刀 (1938年制定): 三十二年式軍刀をさらに改良した軍刀。

海軍

  • **** 海軍 短剣 (1872年制定): 西洋風の両刃の短剣。
  • **** 九四式軍刀 (1934年制定): サーベル型の軍刀。

これらの軍刀は、戦闘用だけでなく、儀礼用としても使用されました。

それぞれの軍刀の特徴

  • 明治刀: 湾曲した刀身で、切先が反っている。
  • 三十 二年式軍刀: 明治刀よりも刀身が短く、柄が握りやすい。
  • 九八式軍刀: 三十二年式軍刀よりも刀身が薄く、軽量化されている。
  • 海軍 短剣: 両刃で、柄は鮫皮で覆われている。
  • 九四式軍刀: サーベル型の刀身で、騎兵や砲兵などに使用された。

軍刀の戦後の扱い…

戦後、軍刀はGHQによって接収されました。その後、一部の軍刀は返還されましたが、多くの軍刀は廃棄されました。

過去の買取例


・海軍短剣 明治前期 登録証付 士官用短剣 200,000円
・帝国海軍頒御賜短剣 登録書付(太身)海軍中将180,000円
・台湾総督府 短剣 登録書付き 黒研出鮫皮巻木鞘    100,000円
他多数

旧日本海軍の短剣とは?

 

本ブログでは、この買取をきっかけに、日本海軍の歴史と短剣について詳しくご紹介します。

1. 海軍創設と短剣の誕生

日本海軍は、1868年(明治元年)に創設されました。明治維新後、近代国家を目指す日本は、欧米列強に倣い海軍力の強化を図りました。

当時、欧米海軍では士官のステータスシンボルとして短剣が佩用されていました。日本海軍もこれに倣い、明治6年(1873年)に士官用の短剣が制定されました。

2. 短剣の種類と佩用

海軍短剣には、主に以下の3種類がありました。

  • 甲式短剣: 明治6年に制定された最初の海軍短剣。刀身は両刃で、柄は鮫皮巻き。
  • 乙式短剣: 明治16年に制定された短剣。甲式短剣よりも小型で、佩用しやすいのが特徴。
  • 丙式短剣: 大正11年に制定された短剣。軍刀の略式佩用に用いられた。

短剣は、礼装時や外出時に佩用されました。また、戦闘時には副武装としても使用されました。

3. 短剣を持つことのできる地位

短剣を佩用できるのは、海軍士官のみでした。士官候補生や准士官は佩用することができませんでした。

海軍士官は、海軍兵学校を卒業した者、または海軍予備学生として採用された者などが任官されました。

4. 短剣に込められた想い

海軍短剣は、単なる武器ではなく、士官としての名誉と責任の象徴でした。

短剣には、皇国への忠誠、海軍への誇り、そして部下を守る責任などが込められていました。

5. 海軍の消滅と短剣のその後

第二次世界大戦後、日本海軍は解体されました。それに伴い、海軍短剣も佩用されなくなりました。

しかし、海軍短剣は、今もなお多くの人の手に渡り、海軍の歴史を語り継いでいます。

佐世保軍港について…

佐世保軍港の歴史は、江戸時代後期にまで遡ります。当時、長崎港は外国船の来航によって国際貿易港として発展していました。しかし、長崎港は天然の良港である一方で、外国艦隊からの攻撃に弱いため、幕府は新たな軍港の建設を検討していました。

明治時代

1868年の明治維新後、日本政府は近代海軍の創設を目標に、軍港建設を推進しました。1889年、西彼杵半島の九十九島を望む佐世保湾に、日本海軍初の鎮守府である佐世保鎮守府が設置されました。

日清・日露戦争

佐世保軍港は、日清・日露戦争において重要な役割を果たしました。日清戦争では、佐世保鎮守府は連合艦隊の拠点となり、黄海海戦や威海衛攻略作戦などの作戦を支援しました。日露戦争では、佐世保軍港はバルチック艦隊を迎撃する日本海海戦の準備拠点となりました。

第一次世界大戦

第一次世界大戦中、佐世保軍港はドイツ海軍の潜水艦の脅威に備えました。また、シベリア出兵の支援拠点としても重要な役割を果たしました。

第二次世界大戦

第二次世界大戦中、佐世保軍港は日本海軍の主要な拠点の一つとなりました。大和型戦艦や空母など、多くの艦艇が佐世保軍港で建造・修理されました。しかし、1945年7月にはアメリカ軍による空襲を受け、大きな被害を受けました。

戦後

戦後、佐世保軍港はアメリカ軍に接収されました。1952年のサンフランシスコ講和条約発効後、佐世保軍港は日本に返還されました。

戦略的な位置

佐世保軍港は、東シナ海と日本海を結ぶ要衝に位置しています。また、九十九島によって天然の良港として形成されています。

充実した施設

佐世保軍港には、ドック、工作施設、弾薬庫など、艦艇の建造・修理に必要な施設が充実しています。

大規模な港湾

佐世保軍港は、大型艦艇も停泊できる広大な港湾を有しています。

■日本海軍における佐世保軍港の役割

主要な軍港

佐世保軍港は、横須賀軍港と並ぶ日本海軍の主要な軍港でした。

艦隊の拠点

佐世保軍港は、連合艦隊や第一艦隊などの主力艦隊の拠点として重要な役割を果たしました。

艦艇の建造・修理

佐世保軍港は、多くの艦艇の建造・修理を行いました。

教育機関

佐世保軍港には、海軍兵学校や海軍大学校などの教育機関があり、多くの海軍士官を育成しました。

佐世保軍港の現在

現在、佐世保軍港は海上自衛隊の主要な基地として使用されています。護衛艦や潜水艦など、多くの艦艇が佐世保軍港を拠点として活動しています。

また、佐世保軍港の一部は一般公開されており、歴史的な建造物や艦艇を見学することができます。

 

◎関連書籍

旧日本海軍に関する書籍は、書店や図書館で入手することができます。

おすすめ書籍

  • 『日本海軍史』 (堀江敏幸著、岩波新書)
  • 『日本海軍艦艇史』 (福井静夫著、光人社NF文庫)
  • 『日本海軍航空史』 (秦郁彦著、学研M文庫)

 

■その他の買取品目

 

★骨董品買取の福岡玄燈舎では古美術品の他、アンティークや掛軸、茶道具、書道具、絵画、仏像、勲章、中国陶磁甲冑など多彩な骨董品を査定買取しております。お見積りだけでも構いませんのでお気軽にご相談ください。

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