福岡市中央区で斎藤清作品を買取りました!
◇福岡県の片田舎に佇む、どこか時の止まったような旧家。そう、ここは一見ただの日本家屋と思いきや、明治の風情がしっかりと残りつつも、ところどころ大正ロマンの洋館風な部屋が顔をのぞかせるという、建築様式のよくわからないミックスが特徴。古い家々が「まるで生きている」ように歴史を語り出すのを、私はよく感じるのだが、今回はその中でも特にモダンな旧家。
10月も後半に差し掛かり、外には涼しい風が吹き始めていた。あの蒸し暑かった夏のことなど、もはや遠い昔の出来事のように思える。福岡の秋はこうも気持ち良いものなのか、と考えながら、私はこの旧家へと足を踏み入れる。表向きは買取依頼という名の仕事だが、実際のところ私が楽しみにしているのは、古い物品たちが持つ「物語」との出会い。
玄関を入ると、まず出迎えてくれたのは床の間。床の間といえば、普通は季節の掛け軸や花を飾る場所。しかし、ここにはやたら重厚な雰囲気を放つ甲冑やら、象牙の彫刻やら、果ては獅子の置物までもが鎮座していた。もう、なんだか戦国時代と大正時代がいっぺんに混ざり合ったような光景に、私の脳内も少し混乱したが、これもこの家の魅力ということで納得。
「さて、どこから手を付けようか」と、軽く気合を入れて査定を開始。甲冑を前にすると、ついつい気分は「戦国武将」だ。私もいつもなら、何かしらの戦のシーンを脳内に描くが、今日はちょっと違う。甲冑をまじまじと見てみると、そこには時代を超えた「放置の痕跡」も垣間見えた。どうやら、昔の栄光と共に、彼もまた静かにこの旧家の片隅で眠りについていたようだ。時代の味?が付きまくっていた甲冑の査定はそれなりに済ませて、次に目を向けると、今度は象牙の彫刻。なかなか精巧な彫りが施されているが、やはり時の流れは容赦ない。ボロボロに欠けていた。
象牙の横に、なんとも堂々とした獅子の置物があり、これがまた「私は強いんだぞ!」とばかりに睨みを利かせていた。よし、よし、強いのはいいことだ。だが、強さだけでは値段は付けられない。古びた獅子の置物も、時代と共にその猛々しさを少しずつ失っていくのだ。残念ながら、彼の牙も少し鈍くなっているように見えた。
床の間の査定が一段落したところで、私は家の奥へと進んだ。そこには、さらに3本の古い屏風が並んでいた。屏風といえば、風を遮り、場を仕切るものだが、これらは既にその役目を終えて久しいらしい。少しばかり破れたところや、色褪せた部分が目立つが、やはりこれもまた「歴史の刻み」だと捉えれば、その趣深さは倍増する。なんて思っていたが、現実の査定ではそうもいかない。
屏風の向こう側には、戦前の軍隊に関連する写真や勲章がちらほらと見えてきた。これまた、時代の風を感じさせる代物だ。軍服を着た若い兵士たちが、凛々しくも少し緊張した顔つきで写真に写っている。これらの物品は、かつての家主が大切にしていたのだろうが、今となってはその背景にあるストーリーも知る人は少ないだろう。
査定を進めるうちに、どこからともなく「おや?」という感覚が私の中に芽生えた。それは、家の一角にひっそりと飾られている絵画に気付いた瞬間だった。壁に掛けられ、少し埃をかぶったその絵画は、まるで家全体が「気付かないで」と言わんばかりの態度で隠しているようだった。だが、そんなことには動じない私の目は、すぐにその正体を見抜いた。
「あれは……!」心の中で叫びながら、近づいてよく見ると、やはりそうだった。斎藤清の作品だ。斎藤清といえば、彼の代表作である雪景色の木版画が有名だが、今回見つけたのはそれではなかった。それでも、彼の独特なタッチと雰囲気を感じ取ることができた瞬間、私は内心飛び上がりそうになった。こんなところで彼の作品に出会えるとは、まさに骨董査定士冥利に尽きる。
査定を一通り終えて、家主にその価値を伝えたとき、やはり彼もこの絵画の存在を忘れていたようだ。思わぬ「お宝」に驚いた表情を見せつつ、しばし言葉を失っていた。もちろん、状態は完璧とは言えないが、それでも斎藤清の作品に出会えたことで、私は今日一日を楽しく過ごせる予感がした。
さて、全体を振り返ってみると、この家には実に多くの「時代の残り香」が漂っていた。物品の状態が悪いものもあったが、それもまた長年の時の積み重ねと考えれば、何とも愛おしい。それにしても、やはり斎藤清の絵画が見つかったことで、今日の買取査定は大成功だ。
骨董の査定は、単なる金銭的な価値を見出す作業ではない。物が持つ歴史や背景、その時代に生きた人々の想いを感じ取り、それを現代に伝えることが私の仕事だ。そして、今日はその一端を垣間見ることができた。感謝の気持ちでいっぱいになりながら、私は軽く会釈をして旧家を後にした。
帰り道、涼しい秋風が頬を撫でる。今日の発見に心躍らせながら、次の出会いを楽しみにしていた。きっと、またどこかで新たな「物語」が待っているだろう。それにしても、あの獅子の置物、もう少し強そうに見えたら値段が付けられたのに……と思わず苦笑してしまった。尚、この版画については下記で詳しくお話しておりますので最後までお付き合いください。宜しくお願い致します。
買取品の詳細
◆今回の買取品は「斎藤清」の版画です。状態はさすがに経年の劣化によりシミや汚れも浮き出てきていました。人気の雪消意識の昨比音ではありませんが「会津」の昔ながらのほっこりとした風景が感じられますね。ありがとうございました。
買取査定額
少し色も褪せています

◇「斎藤清」の買取査定額もしくは評価額ですがまず第一に作品の人気度、状態、ほかには鑑定書などあればより高価買取&できます。なお、今回の作品は「会津」で状態が少し悪いので7万円の買取でした。ありがとうございました。
■過去の作品買取例
斎藤 清・木版画 「慈愛」 900,000円
梅雨 鎌倉 600,000円
会津の冬 400,000円
秋の只見川 会津柳津 200,000円 他多数
斎藤清とは?


★斎藤清の代表作品5選
◆斎藤清は、20世紀の日本の創作版画(Sōsaku-Hanga)運動において重要な存在であり、その代表作品には建築物や自然、そして彼の独特な幾何学的な表現がしばしば見られます。以下に、彼の代表作を5点ほど紹介します。
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「会津の冬」(Winter in Aizu)
会津地方の冬の景色をテーマにした作品です。雪景色が彼の作品の中でも非常に人気で、簡素でありながら詩的な表現が特徴です。このシリーズは1938年に始まり、長年にわたり制作されました -
「日光」(Nikko, 1966)
日本の日光の風景を描いた作品で、独特の木目のテクスチャーと幾何学的な要素が印象的です。この作品には、斎藤が愛した自然と伝統建築への関心が表れています -
「大徳寺京都」(Daitokuji in Kyoto, 1960)
京都の大徳寺の風景を題材にした作品で、木の質感を生かした深い色合いと構図が美しい作品。斎藤の建築物への関心が強く反映されています -
「凝視(花)」(Steady Gaze – Flower, 1950)
この作品は、彼が1951年のサンパウロ・ビエンナーレで日本人芸術家として初めて受賞した際の作品で、女性の横顔を大胆に描いたものです。この作品はゴーギャンやレドンの影響が感じられます -
「竜安寺京都」(Ryōanji Kyoto, 1960)
京都の竜安寺の石畳を描いた作品で、直線的な構図と斎藤特有の木目模様が特徴です。彼の作品の中でもミニマリズムと抽象的な表現の融合が見られる一例です
■参考サイト
■その他の買取品目
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