福岡市中央区でビートルズ日本公演チケットを買取りました!
◇骨董品買取の福岡玄燈舎です。福岡市の山手にある閑静な住宅街。寒い中だがどこかのんびりとした空気が流れる。そんな場所にある古い邸宅に、今回の骨董品査定でお邪魔した。このお宅、なんと代々お医者さんの家系で、今もその面影を色濃く残している。玄関からして重厚感たっぷり、そして中に入ると、これまた圧巻!
趣味人のおじいさまが集められたという品々が、これでもかと展示されているではありませんか。鉄道模型にブリキのおもちゃ、中国掛軸に台湾の美術品と、ジャンルの壁を超越したラインナップ。その一つ一つが丁寧に手入れされているのがまた素晴らしい。まるで小さな美術館だ。さて、今回は現在のご主人の趣味に合わないものを中心に査定させていただくというお話。張り切って参りましょう!
まず目に留まったのは、大きな飾り壺。堂々たる佇まいに、こちらの心も引き締まる。じっくり観察すると、どうやら中国の清時代のものらしい。素晴らしい保存状態に高値をつけ、ご主人も満足げな表情だ。
続いて、端渓硯(たんけいけん)や油煙墨(ゆえんぼく)といった書道具を拝見。これらも丁寧に保管されており、価値ある一品だと確認する。中国掛軸もいくつか査定し、ひと通りの作業を終えたところで、ほっと一息つく。
そのときだ。奥様が「これも見ていただけませんか?」と持ってこられたものに目を疑った。なんと、それは1966年当時の日本公演のパンフレットとレコード!恐る恐るパンフレットを開いてみると、そこには当時の日本公演チケットの半券がホッチキスでしっかりと留められているではないか。しかも、それが初日公演のものだというから驚きだ。
この発見には、音楽好きの私の心が一気に高鳴る。査定士の冷静さを装う余裕など、とうに吹き飛んでいた。「これは絶対に譲っていただきたい!」そんな心の叫びを抑えつつ、最大限の敬意を込めて高額査定を提示。奥様も驚きつつ、その熱意に応えてくださった。結果、買取が成立。音楽ファンとしての私には夢のような品々を手に入れることができたのだ。
もちろん、他の骨董品もご満足いただける査定額を提示し、全ての取引が無事終了。ご主人も奥様も満面の笑みを浮かべてくださり、こちらも心から感謝の気持ちでいっぱいだった。帰り道、手にしたパンフレットとレコードを抱えながら、思わず鼻歌が出る。査定の仕事とはいえ、時折こんな思わぬ出会いがあるからこそ、やめられないのだ。次回もまた、どんな宝物に巡り会えるのだろうか。期待を胸に、今日の福岡の寒空の下を歩くのであった。
このビートルズチケットやパンフレットについては下記で詳しくお話しておりますので最後までお付き合いください。宜しくお願い致します。
買取品の詳細
◆今回の買取品はビートルズの日本公演チケットとパンフレット、そしてレコードの、セットです。パンフレット自体には若干の汚れがありましたが肝心のチケットの半券やレコードはとてもきれいでとても46年前の元とは思えませんでした。パンフの中身も当時の楽器や車の広告もあり貴重な資料です。
買取査定額
◆ミュージシャンのチケットやグッズの買取査定額もしくは評価額ですがまず第一に人気度と当時の物かどうか、次に状態、付属品の有無などでより高価買取&できます。なお、今回買取したビートルズチケットは状態もよく、しかもレコードとパンフのセットで揃っているということで高価買取させていただきました。ありがとうございました。尚、ご自宅や倉庫にミュージシャングッズやレコード、楽器などがありましたら是非、骨董品買取の福岡玄燈舎にお声掛け下さいね。宜しくお願い致します。
■過去のビートルズ作品買取例
ビートルズポスター ラッキー・プレゼント抽選広告 700,000円
ビートルズ4人のサイン 500,000円
Yesterday 楽譜Score 直筆サイン入り 350,000円
KUBRICK アニメ・ザ・ビートルズ 4体セット 250,000円 他多数
◇ビートルズとは…
結成と初期活動(1957年~1962年)
ビートルズの物語は1957年、リヴァプールでジョン・レノンが結成したバンド「クオリーメン」に、15歳のポール・マッカートニーが参加したことから始まります。翌年にはジョージ・ハリスンも加入し、ギター・トリオが完成。ドラマーやベーシストが入れ替わる中、1960年には「ビートルズ」と名乗るようになり、ドイツ・ハンブルクでの過酷なライブ活動を通じて演奏技術を磨きました。
1962年、ブライアン・エプスタインがマネージャーとなり、レコード契約を獲得。同年8月にはドラマーがピート・ベストからリンゴ・スターに交代し、最終的なメンバーが揃います。その後、「ラヴ・ミー・ドゥ(Love Me Do)」でデビューし、イギリスで注目を集めるようになりました。
(1963年~1965年)
1963年にリリースされたアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー(Please Please Me)』は、全英チャートで1位を獲得。続く『ウィズ・ザ・ビートルズ(With The Beatles)』も大ヒットを記録し、イギリス全土が「ビートルマニア」に沸き立ちました。彼らの音楽は、明快なメロディーとエネルギッシュなパフォーマンスで若者を熱狂させました。
1964年にはアメリカ進出を果たし、シングル「抱きしめたい(I Want to Hold Your Hand)」が全米チャートで1位を獲得。同年、映画『ハード・デイズ・ナイト(A Hard Day’s Night)』も公開され、さらに人気を高めます。1965年には『ヘルプ!(Help!)』をリリースし、同名映画とともに世界的なスターとなりました。
(1966年~1967年)
1966年、アルバム『リボルバー(Revolver)』では、ポップスの枠を超えた実験的なサウンドを追求し、「エリナー・リグビー(Eleanor Rigby)」や「トゥモロー・ネバー・ノウズ(Tomorrow Never Knows)」といった名曲が生まれました。同年のツアーを最後にライブ活動を停止し、スタジオでの制作に集中します。
1967年には、アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band)』をリリース。この作品は、アルバム全体を通じたコンセプトと革新的な録音技術で音楽界に革命を起こし、グラミー賞を受賞しました。同年、シングル「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー(Strawberry Fields Forever)」や「ペニー・レイン(Penny Lane)」も発表され、彼らの創造性のピークを示しました。
(1968年~1970年)
しかし、1968年にリリースされた2枚組アルバム『ザ・ビートルズ(The Beatles)』、通称「ホワイト・アルバム」では、各メンバーが個々の音楽性を強く押し出すようになり、グループ内に不協和音が生じ始めます。同年、アップル・コアという新会社を設立するも経営は混乱し、マネージメントの方針を巡る対立も深まりました。
1969年、アルバム『アビイ・ロード(Abbey Road)』を制作。「サムシング(Something)」や「ヒア・カムズ・ザ・サン(Here Comes the Sun)」などが収録され、完成度の高さが評価されました。しかし、制作中の緊張感は解消せず、1970年の『レット・イット・ビー(Let It Be)』の発表を最後にビートルズは解散します。
代表的なアルバムと楽曲
アルバム
- 『プリーズ・プリーズ・ミー』(1963年):デビューアルバムで、若々しいエネルギーが溢れる。
- 『ラバー・ソウル』(1965年):フォーク・ロックとソウルの影響を受けた成熟した作品。
- 『リボルバー』(1966年):実験的なサウンドが特徴的。
- 『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(1967年):コンセプトアルバムの傑作。
- 『アビイ・ロード』(1969年):ビートルズ最後の録音であり、楽曲の完成度が高い。
楽曲
- 「ヘイ・ジュード(Hey Jude)」:シングル最大のヒット曲。
- 「イエスタデイ(Yesterday)」:クラシカルなバラードで、数多くのカバーが存在。
- 「レット・イット・ビー(Let It Be)」:解散間際に発表された名曲。
- 「カム・トゥゲザー(Come Together)」:アビイ・ロード収録の代表曲。
- 「ヒア・カムズ・ザ・サン(Here Comes the Sun)」:ジョージ・ハリスン作
◆最後に各メンバーの使用楽器について…
ジョン・レノン (John Lennon)
ジョンは主にリズムギターを担当しましたが、アコースティックギターやキーボード、さらにはエレクトリックギターでのソロも披露しています。
ギター
-
Rickenbacker 325
初期に使用した小ぶりのエレクトリックギターで、ジョンのトレードマークの一つ。特に『プリーズ・プリーズ・ミー』時代に頻繁に使用されました。
-
Gibson J-160E
アコースティックギターとして使われ、エレクトリックピックアップも搭載されていました。「イエスタデイ」など多くの録音で使用。
-
Epiphone Casino
1966年以降に愛用。セミアコースティックギターで、独特のクリーンサウンドが特徴。 -
Fender Telecaster
晩年のアルバム『レット・イット・ビー』で使用。
アンプ
-
Vox AC30、AC50
ビートルズ初期から中期にかけて定番のアンプ。温かみのあるトーンが特徴。 -
Fender Twin Reverb
後期のレコーディングで使用。
ポール・マッカートニー (Paul McCartney)
ポールはベースを中心に、ギターやピアノ、さらにはドラムもこなす多才なプレイヤーです。
ベース
-
Höfner 500/1 Violin Bass
ポールの象徴とも言える「バイオリンベース」。軽量で扱いやすく、初期から後期まで頻繁に使用されました。
-
Rickenbacker 4001S
1965年以降に使用。より深みのある音を追求し、『リボルバー』や『サージェント・ペパーズ』などで活躍。 -
Fender Jazz Bass
後期のアルバムで使用され、「サムシング」などのレコーディングに登場。
ギター・キーボード
-
Epiphone Texan
アコースティックギターとして、「イエスタデイ」の演奏で有名。 -
Ludwigピアノ
「レット・イット・ビー」や「ヘイ・ジュード」のようなピアノ主導の楽曲に使用。
アンプ
-
Vox T-60
初期に使用したベース用アンプ。 -
Ampeg B-15 Portaflex
レコーディングセッションで頻繁に使用。
ジョージ・ハリスン (George Harrison)
リードギター担当のジョージは、ギターの選択肢が豊富で、楽曲ごとに異なる機材を使用していました。
ギター
-
Gretsch Duo Jet
初期の頃に愛用。『プリーズ・プリーズ・ミー』などで使用。
-
Gretsch Country Gentleman
『ウィズ・ザ・ビートルズ』時代に主に使用。 -
Rickenbacker 360/12
12弦ギターとして『ア・ハード・デイズ・ナイト』のジャングリーなサウンドを生み出した。 -
Fender Stratocaster (“Rocky”)
『リボルバー』以降に使用。カスタムペイントが施されたモデル。 -
Gibson Les Paul Standard (“Lucy”)
『ホワイト・アルバム』以降に使用。
シタール
-
Ravi Shankarによる指導で購入したシタール
「ノルウェーの森」などで使用し、インド音楽の要素をロックに取り入れる先駆けとなった。
アンプ
-
Vox AC30
初期のライブやレコーディングで使用。 -
Fender Bassman
後期のレコーディングで使用。
リンゴ・スター (Ringo Starr)
ドラマーのリンゴは、正確なリズム感と独特のグルーヴでバンドの土台を支えました。
ドラムセット
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Ludwig Oyster Black Pearl Drum Kit
初期から中期にかけての愛用キット。彼のアイコン的存在となっています。 -
Ludwig Hollywood Kit
中期から後期にかけて使用。
シンバル
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Zildjianシンバル
レコーディングやライブで使用。ライドシンバルの使用が特徴的。
パーカッション
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タンバリン、マラカス
「ヘイ・ジュード」や「カム・トゥゲザー」などの楽曲で使用。
◎関連、参考サイト
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