福岡市中央区で鍔を買取りました!

『甲冑と相方と私の梅雨入り』
ついに福岡も梅雨本番。空は朝から晩まで涙腺ぶっ壊れのように泣きじゃくり、まるで空全体が失恋直後の少女漫画のヒロインである。そんな空模様のもと、わが家もまた例によって心象風景がモノクローム。原因はもちろん、相方である。夫婦というのは、なんといっても「水も滴る」関係なのだが、この季節はそれが比喩でなくリアルな滴りとなり、湿度と怒気が居間のカーテンに絡みつくのだから始末に負えない。
「なんで昨日の味噌汁、あんなに塩辛かったのよ」
「それは…海の男の味だよ」
などという、昭和歌謡にもならないような夫婦げんかを繰り広げていたところ、運よく、いや正確には“運良くも悪くも”骨董買取の依頼が舞い込んできた。電話口の主は、福岡市中央区の某所にお住まいのご婦人。曰く、「亡き父が集めていた刀や甲冑など、武士の名残りが一室を占領してまして…」とのこと。
これが雨の神の気まぐれか、それとも武士の霊の導きか。ともあれ、かかる湿度120%の生活空間から脱出する口実ができたのは幸いだった。
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当日、我ら二人は、中央区某所の古マンションへ向かった。築年数はそれなりにいっており、廊下の蛍光灯が微妙にチカチカするあたりに昭和の名残を感じる。エレベーターも気を抜くと「ゴォォ…ン」と、何かの封印でも解けそうな音を立てるのだが、こちらも人生のエレベーターがどこで止まるか分からない商売であるからして、細かいことは気にしない。
インターホンを押すと、現れたのは品の良い奥様。室内に案内されて一歩足を踏み入れた瞬間、思わず背筋が伸びた。なにせそこは、まるで小規模な武具資料館であった。畳の上には日本刀が数本、壁には甲冑が仁王立ち、さらに棚の上には鍔、縁頭、鐺、鐔(鍔の異体字!)と、もはや一文字変わるごとに意味も雰囲気も変わってくる武具武具武具のオンパレード。さながら“武士のワンダーランド”である。
私は軽く礼を述べてから査定モードに切り替えたが、隣にいた相方はというと、すでに顔色が“納豆のようにネバついた嫌悪感”で染まっていた。
「……なんか、こわい」
そう、相方は生理的に“ひかり物”が苦手である。魚でいえばサバやコハダ。骨董でいえば刀剣や十手。つまり、彼女にとってこの部屋は「地獄へのエスカレーター」であり、しかも止まらず下り続けるタイプ。
「でも、仕事だから…」とつぶやきながら、彼女はそっと隅の畳に腰を下ろし、伝票を書くという名の現実逃避を始めた。
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さて、今回の査定対象は多岐に渡る。江戸期の甲冑は、ところどころ錆びが浮いており、まるで戦場から帰還したまま、時が止まったかのような風情。肩の小札はひしゃげ、前立ては取れかかっているが、それでも目を引くのはその堂々たる佇まい。まるで、「どうだ、俺を捨ててみろ」と言っているかのようで、こちらもつい「いや、捨てはしませんよ」と心の中で応えてしまう。
日本刀も数本あったが、その中の一振りは反り具合が絶妙で、拵えも時代を感じさせる佳品。十手は、火付盗賊改方よろしく、銀色の房がついていたりと、ディテールの凝りように思わずニヤリとしてしまう。

そして大量の鍔。これについてはまた後ほど語るとして、ここではひとまず“男心をくすぐる小宇宙”とだけ申し上げておく。
すべてを丁寧に拝見し、時代や状態、希少性などをふまえ見積もりを提出。奥様はたいそう驚きつつもご納得の様子で、無事に買取成立となった。ありがたいことである。
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買取が終わり、荷造りまで済ませた帰り道。相方は終始無言だった。いや、正確にいえば「なんとも言えぬ湿気を帯びた沈黙」を纏っていた。助手席から一言も発さぬその姿は、ちょっとしたホラー映画の導入部のようでもあったが、私はそこには触れなかった。何故なら彼女は伝票を完璧に処理し、さらに奥様と軽妙な世間話までこなしてくれていたのだから。
そう、外は大雨。車のワイパーが前方の水滴を左右に掻き分けていたが、私の心の曇りは晴れる気配を見せない。助手席の沈黙は続き、エアコンから出る風さえも気まずい。
帰宅後もその空気は変わらず。夕飯は無言のうちに進み、テレビはついているが、誰も見ていない。家の中にも梅雨前線が停滞中。天気予報の「今週はずっと雨です」という一言が、やけに我が家を象徴していた。
しかし、そんなこともある。人生、たまには湿っていたっていいじゃないか。傘をさすことに意味があるのだ。
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というわけで、今回の骨董買取劇場は、刀と甲冑と相方の苦悶とともに幕を閉じたのであった。お読みいただき、誠にありがとうございます。
今回の査定の中でも特に私の心を捉えて離さなかった「鍔」…江戸の粋が、掌の上に広がるあの小さな鉄の宇宙…については、後程、お話いたします。それでは皆さま、湿気にめげず、乾いたユーモアとともにまたお会いしましょう。拙文多謝。
買取品の詳細
◇この「鍔」は江戸幕府のお抱え工の武州住正久の作品です。金銀象嵌も分厚く、鍔自体の厚みもあり重厚な鍔でした。桐箱付きです。ありがとうございました。
買取査定額

◇鍔の買取査定額もしくは評価額ですがまず第一に作者の知名度、次に装飾の材質、ほかに象嵌や時代で高価買取&できます。ご自宅に鍔や甲冑が御座いましたら一度拝見させてください。もちろん状態や時代、作者、作品でもお値段は変わりますのでご了承ください。
■過去の作品買取例

一乗斉弘寿(花押)弁天図鍔 700,000円
城州西陣住正阿弥 市朗兵衛政徳作600,000円
奈良利寿写 保存鑑定書 350,000円
三巴桐花紋図鍔 150,000円 他多数
武州住正久とは?

江戸時代末期という動乱の時代にあって、静かに、しかし力強く「美」を彫り続けた一人の金工師がいました。その名は「武州住正久(ぶしゅうじゅう まさひさ)」といいます。刀装具、とくに鍔や縁頭といった小道具に魂を込め、武士の矜持を象徴する芸術品を作り上げた職人です。
◆ 生い立ちと時代背景
武州住正久は、その名のとおり「武州」すなわち武蔵国(現在の東京都・埼玉県周辺)に住まい、活動していた金工師です。「正久」という名前は号であり、本名については記録が少なく、詳細は明らかになっていません。彼が活躍したのは、文政(1818〜1830年)から慶応年間(1865〜1868年)にかけての幕末期と考えられています。
正久は江戸幕府から直接注文を受ける「御用金工師(ごようきんこうし)」の一人で、将軍家や旗本といった上級武士のために刀装具を製作していました。工房は江戸市中の本所や浅草周辺にあったとされており、武士の美的嗜好をかたちにする重要な役割を果たしていました。
当時の日本は、黒船来航(1853年)以降、政治的にも社会的にも大きな変化を迎えており、刀剣はもはや実戦のための武器ではなく、身分や格式を示すための「装身具」としての性格が強くなっていきました。正久は、まさにそのような時代の要請に応えるかたちで、彫金技術を磨き、武士の品格を象徴する装具を数多く制作しました。
◆ 代表作品と作風の特徴
正久の代表作として現存しているものには、いくつか特筆すべき作品があります。
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「波に龍図鍔」
黒漆を施した地金に、波間から天に昇る龍を大胆に彫り上げた作品です。高彫(たかぼり)と呼ばれる立体的な彫金技法が用いられ、龍の鱗や爪、角の細部に至るまで非常に精巧に表現されています。金や銀の象嵌(ぞうがん)を巧みに施し、陰影の中に静かに光を宿したその表情には、まさに幕末武士の覚悟が垣間見えます。 -
「唐獅子牡丹図縁頭」
勇壮な唐獅子と艶やかな牡丹を組み合わせた意匠で、狩野派の影響を思わせる構図美が印象的です。唐獅子の力強さと、牡丹の雅やかさを対比的に描きながらも、全体としては調和のとれた仕上がりで、正久の構成力と技術の高さがよく表れています。 -
「松竹梅図小柄」
三つの吉祥文様を一つの細長い金具にバランスよく配置した作品で、戦の道具でありながらも、どこか祝祭的な雰囲気を漂わせています。「戦の中にも祝福を」という、武士ならではの祈りや願いが込められているように感じられます。
正久の作風には以下のような特徴が見られます。

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繊細な高彫・片切彫(かたきりぼり)を用いた立体的表現
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金銀の象嵌による華やかな装飾性…今回の鍔にも取りいれられています。
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地金の仕上げにおける独自の技法(たとえば石目地など)今回の買取品は鉄味が素晴らしく重厚な鍔でした
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自然や霊獣、吉祥文様の写実的で生き生きとした描写…今回の買取品は野草でした。
こうした作風は、「過剰な装飾」ではなく、「控えめな力強さ」「静かな品格」を追求したものであり、実に幕末武士の美意識と共鳴していたといえるでしょう。
◆ 弟子と工房の継承
武州住正久には、数名の弟子がいたと考えられています。史料が少ないため名前が明確に残っている人物は限られていますが、「正義(まさよし)」や「正秀(まさひで)」といった、同じ「正」の字を継いだ金工師が確認されており、正久の作風を受け継いだとされています。
なかでも「正秀」は明治維新以降も活動を続け、西洋金工技術との融合を試みた作品などを制作しています。このように、正久の技術と精神は、形式を変えながらも次代に受け継がれていきました。
◆ その後の評価と現代における位置づけ
明治維新により武士階級が廃止されると、刀装具の需要は急激に減少しました。多くの金工師が職を失うなかで、正久のような御用金工師の作品も、一時は顧みられることが少なくなりました。
しかし近年では、正久の作品は再び評価されるようになり、刀装具コレクターや美術史研究家の間で「江戸金工の到達点」として高く評価されています。彼の作品に見られる精緻な技法と美的バランスは、単なる装飾品の域を超えて、一つの芸術作品として確かな位置を占めています。
■参考サイト
日本杢目金研究所(東京・渋谷区)
木目金の研究・復元制作を中心とする機関で、江戸時代の鍔職人である「武州住正久」名義の鍔も復元作品として所蔵しています。
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展示例:「鑠木目金地鐔 銘 正久」など
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ここでは復元作品を通して、正久らが用いた金・銀・銅の技法を間近に見ることができます。
九州国立博物館(福岡県太宰府市)
「対州住正久」と銘のある鐔が収蔵品データベースに名前として登場しています。
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展示状況は常時とは限りませんが、特別展示や企画展で公開される可能性があります。
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来館前に収蔵品検索で「正久」「鐔」で調べたり、展示スケジュールを確認すると安心です。
■その他の買取品目
★骨董品買取の福岡玄燈舎では古美術品の他、アンティークや掛軸、茶道具、書道具、絵画、仏像、勲章、中国陶磁、甲冑など多彩な骨董品を査定買取しております。お見積りだけでも構いませんのでお気軽にご相談ください。