
福岡市西区で高麗青磁を買取りました!

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◇福岡のシルバーウイークも、なんとか可もなく不可もなく無事に通過した。
世間では連休ともなれば観光地へ出かけたり、家族で食事をしたり、普段できないことをするらしい。ところが我々骨董屋の場合、休みが続くと「さあ、休むぞ!」と意気込むわけでもなく、昼間はゴロゴロ、夜は晩酌。そこへ中秋の名月なんぞが現れると、「これは月見をせねばなるまい」と、また一杯。月を眺めながら酒を飲み、酒を飲みながら月を眺める。結局、月見なのか晩酌なのか、本人にもよく分からない。
そんな怠惰な日々を過ごしていると、突然、骨董品買取の電話が鳴った。こうなると不思議なもので、それまで「もう少し寝ていたい」などと思っていた体が急に動き出す。骨董屋というのは、電話一本で眠気も疲れも吹き飛ぶ。正確には「お宝かもしれない」という欲望が、すべてを吹き飛ばしてくれるのである。
今回向かったのは福岡市西区。海の見える丘に建つ一軒家である。海が見える。丘である。そして一軒家。
この三つが揃うと、こちらの頭の中では勝手に「何かありそうだ」という妄想が膨らむ。骨董屋とは、現実を見る商売のようでいて、実は妄想を燃料に走る商売でもある。家の中へ通していただくと、そこには韓国や中国の陶磁器が所狭しと並んでいた。
おお、これはなかなかの物量である。しかし今回の条件は明快だった。「値段が合うものだけ買ってください」
なるほど…つまり、こちらが欲しいものを全部買えるわけではない。お客様にも希望する金額があり、こちらにも商売として出せる金額がある。その二つが一致した品だけが、めでたく我々の車へ乗ることになる。
骨董屋にとって、これほど難しい仕事はない。一品ずつ手に取って、裏を見て、肌を見て、時代を見て、状態を見て、頭の中で電卓を叩く。「これは……」そして値段を伝える。するとお客様の顔が、ほんの少しだけ曇る。こちらも曇る。窓の外は快晴なのに、部屋の中だけ曇天である。
どうやら購入されたときの金額と、現在の市場で評価される金額には、なかなか埋めがたい距離があるようだ。骨董品というものは不思議なもので、買ったときには「一生もの」でも、売るときには「さて、いくらになるでしょう?」という現実的な問題に変わる。年月というものは、品物を古くはするが、必ずしも値段を高くしてくれるわけではない。
人間も同じである。歳を重ねれば貫禄は出るが、給料まで自動的に上がるわけではない。そんなことを考えながら、一品ずつ査定を続けた。そして最終的に、韓国の 池順鐸 の青磁を5点、中国の辰砂の花瓶を3点、買取させていただくことになった。全部ではない。しかし、8点である。これはこれで、実にありがたい。

特に中国の古手の骨董品は、最近では以前ほど簡単にはお目にかかれない。市場を歩いていても、「昔はもっとあったのになあ」と思うことが増えた。だからこそ、こうして現物を手に取って仕入れられるのは、骨董屋として嬉しいものだ。
海の見える丘から、買い取った品物を積んで帰る。行きは「お宝があるかもしれない」という期待。
帰りは「これをどう売ろうか」という現実。人生とは、どうやらこの往復運動のようなものらしい。
そして我々骨董屋は今日もまた、期待と現実の間を車で走る。さて、帰ったら晩酌でもするか。
中秋の名月はもう過ぎたが、酒の月齢だけは満月である。ではまた。

買取品の詳細

◇この「高麗青磁」は 韓国の人間国宝「池順鐸 」の作品です。日本ではあまり高く評価されてはいませんが今回の青磁のように笹紋など実に細やかで日本人好みの花瓶です。そして細やかに入った「貫入」などが特徴の品物です。
共箱に栞も附属した美品でした。ありがとうございました。
買取査定額

◇高麗青磁の買取査定額もしくは評価額ですが作者の知名度、時代、作風、ほかには付属品があればより高価買取&できます。ご自宅に高麗青磁が御座いましたら一度拝見させてください。もちろん状態や時代、作者、作品でもお値段は変わりますのでご了承ください。
■過去の作品買取例

高麗青磁 梅瓶 800,000円
白黒象嵌花文壺 600,000円
粉青沙器象嵌扁瓶 550,000円
陰刻雲文瓢形面取徳利 450,000円 他多数
池順鐸とは?
池順鐸(チ・スンタク、1912~1993)は、近代韓国陶芸史を語るうえで重要な陶芸家の一人です。特に、途絶えつつあった韓国の伝統陶磁の技法を研究し、高麗青磁・粉青沙器・李朝白磁などを現代に蘇らせたことで知られています。号を「陶庵(とうあん)」といい、韓国では京畿道無形文化財第4号に指定された作家です。
1.池順鐸とはどのような陶芸家か
池順鐸は1912年、現在のソウルに生まれました。若いころから朝鮮半島の古陶磁に強い関心を持ち、1920年代後半には高麗青磁の研究に着手しています。
池順鐸の陶芸家人生を語るうえで欠かせない人物が、浅川伯教(あさかわ・のりたか)です。
浅川伯教は日本の朝鮮陶磁研究者で、弟の巧とともに朝鮮半島の陶磁器や木工品などを調査した人物です。池順鐸は若いころ、浅川伯教の窯跡調査において通訳兼案内人を務め、その後、古陶磁の研究・制作について大きな影響を受けました。北杜市立浅川伯教・巧兄弟資料館も、池順鐸が若いころ浅川伯教の案内役を務めたことを紹介しています。
つまり池順鐸にとって浅川伯教との出会いは、単なる師弟関係というだけでなく、韓国の伝統陶磁を実地に研究する人生の出発点になったと見ることができます。
2.古陶磁研究から陶芸家へ

池順鐸は高麗青磁の古窯跡などを調査し、陶片を収集・研究しながら、古い陶磁器がどのような土・釉薬・焼成によって作られていたのかを探究しました。
1930年代には陶磁器工場を経営し、1940年代には韓国美術研究所にも関わっています。戦後になると、韓国の伝統陶磁を復興する動きの中で本格的な制作活動を展開しました。
1955年には韓国国立博物館の国宝復元事業を完成させたとする記録も残っています。また1957年には京畿道利川郡新屯面に高麗陶窯を設立しました。
利川は現在でも韓国を代表する陶芸の産地として知られています。ここを制作の拠点としたことも、池順鐸の活動を理解するうえで重要でしょう。
3.池順鐸の代表的な作品と技法
池順鐸の作品には、青磁だけではなく、白磁や粉青沙器など幅広いものがあります。
代表作として挙げられるものには、
- 青磁陽刻葡萄文瓶
- 青磁象嵌梅瓶
- 白磁無地壺
- 粉青印花文瓶
などがあります。
特に注目したいのが、青磁象嵌です。
高麗青磁を代表する技法の一つが「象嵌」です。器の表面に文様を彫り、その部分へ白土や黒土などを埋め込んで文様を表現します。その上から青磁釉を掛けて焼成すると、青緑色の釉面の下に白や黒の文様が浮かび上がります。
池順鐸はこの伝統的な技法を研究し、現代の陶芸作品として再現しました。
そのため池順鐸の青磁を見ると、単純な青色の器ではなく、翡翠色とも表現される青磁釉の美しさと、象嵌による白黒の文様の対比が大きな魅力となっています。キリンの美術紹介でも、1991年作の「高麗象嵌蓮菊文麦酒杯」を例に挙げ、翡翠色の釉面に白土を象嵌した作品として紹介しています。
4.「青磁陽刻葡萄文瓶」の魅力
池順鐸の作品を具体的に知るうえで非常に興味深いのが、**「青磁陽刻葡萄文瓶」**です。
北杜市立浅川伯教・巧兄弟資料館にはこの作品が所蔵・展示されており、高さ約65cmという大きな作品です。
表面には葡萄の実や葉、蔓などが立体的に表現されています。さらに興味深いことに、そこには二人の人物像まで表現されています。
つまり、単なる古典的な青磁の復元ではなく、伝統的な青磁の技法を使いながら、池順鐸自身の造形感覚を加えているわけです。
これは池順鐸作品の面白いところです。
「昔のものをそっくり真似する」というだけではなく、古陶磁を徹底的に研究したうえで、それを現代の作品として成立させているのです。
5.「青磁象嵌梅瓶」
もう一つ代表的な作品が「青磁象嵌梅瓶」です。
梅瓶は、肩がふっくらと張り、胴から下に向かってすぼまっていく特徴的な形を持つ瓶です。高麗青磁の代表的な器形の一つでもあります。
池順鐸の梅瓶では、伝統的な器形と象嵌技法を組み合わせ、青磁特有の柔らかな色調の中に文様を浮かび上がらせています。
北杜市立浅川伯教・巧兄弟資料館でも、この作品を池順鐸の青磁作品の一つとして紹介しています。
6.白磁にも優れた作品を残す
池順鐸というと「高麗青磁の復興者」というイメージが強いのですが、実際には白磁にも非常に優れた作家でした。
韓国の資料では、池順鐸は青磁、白磁、粉青沙器のいずれにも長けていましたが、特に白磁の技術に優れていたとされています。
そのため、池順鐸の作品を査定するときには、単に「青磁だから池順鐸」という見方をするのではなく、白磁や粉青沙器についても確認する必要があります。
代表作として挙げられる「白磁無地壺」は、装飾を抑えた造形そのものの美しさを楽しむ作品です。
これは李朝白磁の美意識にも通じるもので、派手な装飾ではなく、器形・胎土・釉薬・焼成によって生まれる静かな美がポイントになります。
7.粉青沙器の復興
池順鐸は粉青沙器の技法にも取り組みました。
粉青沙器は、朝鮮時代初期に発展した陶磁器で、白化粧土を使った自由で力強い装飾が特徴です。
代表的な技法として印花、刷毛目、象嵌、鉄絵などがあります。
池順鐸はこうした伝統技法を研究し、**「粉青印花文瓶」**などの作品を制作しました。
したがって池順鐸の作品を見る際には、
高麗青磁=繊細で優美
李朝白磁=簡潔で静謐
粉青沙器=自由で素朴
という、それぞれ異なる韓国陶磁の魅力を、池順鐸が一人の作家として横断している点にも注目すると面白いでしょう。
8.韓国の無形文化財へ
池順鐸の長年にわたる活動は韓国でも高く評価されました。
資料によって認定年の表記に1985年と1988年の違いがありますが、京畿道無形文化財第4号として認定されたことは複数の資料で確認できます。日本の制度に置き換えるなら、しばしば「人間国宝に相当する」と説明される地位です。
また1970年の大阪万博への出品、1970~90年にかけて日本各地で個展・招待展を開催し、1972年には帝国ホテルでの招待展示、NHKの「韓国の美」で紹介された記録もあります。
このように池順鐸は韓国国内だけでなく、日本でも比較的早い段階から評価された作家でした。
9.池順鐸と柳海剛
池順鐸を調べると、もう一人の韓国陶芸家、柳海剛(ユ・ヘガン)の名前が頻繁に出てきます。
二人はいずれも、近代における高麗青磁復興を語るうえで重要な人物です。
ただし、研究資料には「池順鐸は白磁を、柳海剛は青磁を得意とした」とする整理もあります。
一方、実際の池順鐸作品には青磁の優品が多数存在しますので、単純に「池順鐸=白磁、柳海剛=青磁」と分類するのは適切ではありません。
むしろ二人とも韓国陶磁の伝統を近代に蘇らせた陶芸家であり、そのうえでそれぞれ得意とする技法・造形を発展させた、と理解するほうが分かりやすいでしょう。
10.池順鐸作品を見るときのポイント
骨董・古美術として池順鐸作品を見る場合、私は次の点を確認するとよいと思います。
① 高麗青磁特有の釉色
池順鐸作品の魅力の中心です。透明感のある青緑色、いわゆる翡翠色を思わせる釉調に注目します。
② 象嵌技法
白土・黒土などを使った象嵌文様が重要です。鶴、梅、菊、蓮など、古典的な文様が多く見られます。
③ 器形
梅瓶、壺、花瓶、水指、茶碗、酒器など、様々な器形があります。
④ 白磁・粉青沙器
青磁だけが池順鐸ではありません。白磁や粉青沙器にも優品があります。
⑤ 箱書・落款・旧蔵歴
日本に入ってきた池順鐸作品は茶道具や煎茶道具として扱われたものも多いため、共箱、旧蔵者、展覧会歴などが作品確認の重要な手掛かりになります。
■参考サイト

■その他の買取品目
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