坂倉新兵衛作品画像

坂倉新兵衛(萩焼)の湯呑を買取致しました。

■先日は福岡市城南区にて萩焼や唐津焼の茶碗、茶道具など買取りさせて頂き、その一つには写真の十四代 坂倉新兵衛さんの作品もあり高価買取させて頂きました。ありがとうございました。今回は坂倉新兵衛のお話を少しさせて頂きます。

■坂倉新兵衛の家系

萩焼には二つの流れがあります。戦国大名の毛利輝元が朝鮮半島から招致した高麗茶碗の技術を持つ陶工たちが、萩と長門に枝分かれして共に御用窯として約400年の伝統をつなぎ、現在に至ります。慶長9年(1604年)に毛利輝元の命によって招致された李氏朝鮮の陶工である李勺光、李敬の兄弟が萩城下で御用窯を築きます。そのうち、兄の李勺光を初代とする名跡が坂倉新兵衛です。六代目より「坂倉」と改姓したようで特に十二代坂倉新兵衛は萩焼を全国に広めて不振衰退から救ったことにより、中興の祖と呼ばれる方です。そのような歴史ある坂倉家ですが過去には苦難が沢山ありました。明治維新後に御用窯の庇護が外れて時代の文化の急変も伴い、衰退の一途を辿った時がありました。窯元は生きていくためには仕方なく庶民の台所用品など安価な商品を大量に作ったそうです。このことが識者の信望や評価を失墜させ、400年近くの伝統も絶たれる危機に瀕しました。しかし十二代は、茶碗を中心とした作品の個展を全国各地で開催、さらに企業や山口県出身の名士のもとに持参して名声の回復と宣伝に努めました。そうやって大正、昭和の財閥系の大御所や高級旅館、美術館、文化人などに山口の萩焼が再度、高く評価されていったそうです。頭が下がりますね。この営業方法やマーケティングは今でも見習うべきだと思います

■十四代坂倉新兵衛とは…

昭和時代後期の陶芸家で大正6年2月28日生まれます。十二代坂倉新兵衛の三男ですが長兄(十三代追贈)の戦死で家業につき,昭和35年父の死で十四代を継ぎました。その後、日本現代陶芸展や日本伝統工芸展などに入選します。47年には山口県指定無形文化財保持者となりました。本名は治平です。

(略歴)

十四代坂倉新兵衛は十二代坂倉新兵衛の三男として山口県に生まれる
本名を治平、号を宗治
1934(昭和9)年に山口県立萩商業学校を卒業後、神戸市の海産物問屋に就職
健康を損ねたため1935(昭和10)年帰郷
1936(昭和11)年、健康を回復して神戸市のモロゾフ製菓株式会社に入社
1946(昭和21)年、長兄・光太郎の戦死が確認され、モロゾフ製菓を退社して帰郷
父に師事し、これより本格的な作陶の道に入る
1960(昭和35)年、14代坂倉新兵衛を襲名
なお、十三代坂倉新兵衛は戦死した長兄に追贈されている
1966(昭和41)年、日本工芸会正会員
1967(昭和42)年、山口県芸術文化振興奨励賞を受賞
1971(昭和46)年、中国文化賞を受賞
1972(昭和47)年、山口県指定無形文化財に認定
1974(昭和49)年、山口県選奨(芸術文化功労)を受賞

■作品、作風…

坂倉新兵衛湯呑画像

作風は父の確立した茶に適う温和で品のあるものに近代性を付加し、それまで萩焼ではあまり造られなかったものにも意欲的に取り組みました。当作品も派手さはけしてありませんが泡がはじけたような表面に淡雪が懸って垂れ落ちる様子に景色がありますね。持ち手部分にはカットが施され少し現代的に使いやすく施されているのが特徴の湯呑でした。もちろん未使用品で傷や汚れは御座いません。コレクションケースに入れて観賞用にされていたようです。共箱付き。

■買取価格…

状態や風合いでも変わりますが箱付きの「鵬雲斎書付」の抹茶茶碗で買取価格は2~3万円くらいです。尚、書付が無ければ5千円から1万円の茶碗や茶入れ、湯呑が多いようです。

■関連サイト…

◎坂倉新兵衛作品窯については山口県観光サイトで拝見できます。

◎十五代坂倉新兵衛さんのホームページです

■骨董品買取の福岡玄燈舎では坂倉新兵衛作品や茶道具を買取り致します。お見積りだけでも構いませんのでお問い合わせください。尚、福岡市内県内は無料出張査定致します。受付年中無休 ☎050-3569-2100