工房「朋」の市松人形です/骨董品の買取は福岡玄燈舎
工房「朋」の市松人形です

福岡市博多区で森重春幸作 市松人形を買取りました!

 

骨董品店連絡先
【電話受付 9:00~19:00 】

写真はtremolo3247@gmail.com若しくはLINEからお願いします。 

◇福岡の空というのは、どうにも気まぐれな性格をしているらしい。

昨日までは「どうだ、これが初夏だ」とでも言わんばかりの快晴で、太陽はやる気満々、こちらのやる気はと言えばそれに反比例してほどほど。ところが一夜明ければ一転して、しとしとと降る雨。まるで恋人の機嫌のように理由もなく変わるものだから、こちらとしては傘一本で人生を乗り切る覚悟を決めるしかない。

しかも世の中に目を向ければ、どこぞの大統領が暗殺されかけただの、世界情勢が不安定だのと、新聞もテレビもやたらと騒がしい。人間というものは、平穏無事であることに飽きると、わざわざ騒ぎを作りたがる生き物らしい。

しかし、そんな世間の荒波をよそに、私すなわち骨董屋の親父は、相も変わらず「のほほん」という言葉の中に生息している。まるで湯呑みの中でぬるま湯に浸かる茶柱のようなものだ。浮いているのか沈んでいるのか自分でもよく分からないが、とにかく流されている。

この商売、世間から見れば優雅に見えるかもしれないが、実のところは極めて単純な構造で成り立っている。

つまり——

「電話が鳴るか鳴らないか」

これに尽きる。

我々骨董商にとってのエサは、米でも魚でもなく、買取依頼の電話である。これが鳴らなければ、どれほど立派な目利きを持っていようが、ただの暇な中年男性に成り下がる。逆に一本鳴れば、血流が一気に良くなり、脳内ではアドレナリンが花火のように打ち上がる。

実に健康に良い職業だと思う。鳴れば元気、鳴らなければ静養。医者いらずである。

さて、そんな「鳴るか鳴らぬか」の日常の中で、本日もありがたいことに一本の電話が鳴った。

受話器の向こうから聞こえてくるのは、どこか控えめで、それでいて「何かありますよ」という期待を含んだ声。長年この仕事をしていると、この声のトーンだけで大体の内容が分かる。これは間違いなく「何かある」声だ。

現場は福岡市博多区のマンション。

かつては「蔵がありましてね」とか「明治の古民家でして」といった、こちらの想像力を刺激する舞台設定が多かったものだが、時代はすっかり変わった。今や骨董品の保管場所は、畳の香りのする座敷ではなく、オートロック付きのマンションの一室である。

風情は減ったが、エレベーターがある分だけ足腰には優しい。これはこれで悪くない。

訪ねてみれば、案の定というべきか、依頼主は「実家の整理でして」と切り出した。どうやら古い家を処分し、中身だけを現代の住処へと避難させた典型的なケースらしい。

これが今の主流だ。

骨董品というものは、本来は時間と空間の両方を食べて育つ生き物のようなものだが、現代では時間だけを持ち込み、空間はコンパクトに畳まれている。少々窮屈そうではあるが、文句も言わず静かに並んでいるあたり、実に健気である。

さて、部屋に通されると、そこには見事な光景が広がっていた。

掛軸、焼物の壺や花瓶、茶道具、仏像、さらにはブリキのおもちゃまで——まるで時代のごった煮である。統一感はないが、その無秩序さがかえって魅力的だ。

一つ一つに手袋をはめ、マスク越しに息を殺しながら手に取る。優しく扱っているつもりだが、内心では「これはいいぞ」「これはさらにいいぞ」と、欲深い小人が脳内で跳ね回っている。

状態は申し分ない。

どれもこれも、大切に保管されていたことが一目で分かる。こういう品に出会うと、売る側の人生までもが、どこか丁寧に積み重ねられてきたように思えてくる。

そして問題は値段だ。

こちらとしては、あくまで冷静に、客観的に、そして誠実に査定をする。だが、品物が上等であればあるほど、その「誠実さ」は金額という形で牙を剥く。

つまり——

優しく扱うが、優しい値段ではない。

これが骨董屋の矜持である。

交渉は穏やかに、しかし着実に進んでいく。その最中、ふと視線を感じた。

こちらをじっと見つめる何か。

振り向けば、それは市松人形だった。

スカートの裾はちりめんでモダンな作品です/アンティークの買取は福岡玄燈舎
スカートの裾はちりめんでモダンな作品です

しかも、ただの市松人形ではない。

顔立ち、肌の質感、佇まい——どれを取っても一級品。しかも珍しいことに洋装である。和の人形が洋服を着ているというのは、どこか時代の境目に立っているようで、不思議な魅力がある。

よくよく見れば、工房朋の作品。

なるほど、と膝を打つ。

この人形はただそこに置かれているのではない。「いる」のだ。

静かに、しかし確実に、その場の空気を支配している。まるでこの査定の主役は自分だと言わんばかりに。

事実、その通りだったのかもしれない。

他の品々も十分に価値あるものばかりだったが、最終的に今日の査定の印象をすべて持っていったのは、この小さな人形だった。

交渉はまとまり、買取は無事成立。

金額もまた、なかなかに景気の良い数字となった。

依頼主は安堵の表情を浮かべ、こちらは内心で小さくガッツポーズをする。これだからこの仕事はやめられない。

帰り際、ふとその人形にもう一度目をやる。

相変わらず、じっとこちらを見ている。

「今日は私のおかげでしょう?」

リアルな表情のお人形です/骨董の買取は福岡玄燈舎
リアルな表情のお人形です

そんな声が聞こえた気がしたが、気のせいということにしておいた。

骨董屋は、時に幻聴とも付き合わねばならない。

外に出れば、雨はまだ静かに降り続いている。

世界は相変わらず騒がしく、天気は気まぐれで、そして私の人生は、今日もまた一本の電話で動いた。

それで十分だ。

さて、次はどんな「視線」に出会えることやら。

ではまた。

買取品の詳細

人毛にガラス目です/骨董品の買取は福岡玄燈舎
人毛にガラス目です

◇この「市松人形」は森重春幸さんの工房「朋」の作品で身長が約50センチある大作です。特徴はガラスの目に江戸ちりめんや金紗などの着物の上から洋風に仕立てられたしぼり生地の服が着せられています。流石にちりめんは時代物なのでほつれや破れがありますがとても良い味を醸し出しています。顔の表情はどこか上品ですが思春期にある悩みや憂いも感じられますね。アクセサリーとしては翡翠の首飾りがありペチコートに靴も履いているモダンな市松人形でした。ありがとうございました。

 

買取査定額

◇市松人形の買取査定額もしくは評価額ですがまず第一に作者の知名度、次に時代物の着物や精巧な作り、ほかには工房名や共箱があればより高価買取&できます。今回、買取させていただいた森重春幸作品もかなりの高額で取引されている人形です。ご自宅にアンティークな人形が御座いましたら一度拝見させてください。もちろん状態や時代、作者、作品でもお値段は変わりますのでご了承ください。

 

■過去の作品買取例
平田陽光 作 市松人形 女の子 高さ約70cm 700,000円
平田郷陽の市松人形  600,000円
京都丸屋大木平蔵製男市松人形  350,000円
京都 丸平 大木人形店 寿印 200,000円 他多数

市松人形とは?

市松人形というものは、日本の人形文化の中でも、どこか「生きている気配」を濃厚にまとった、不思議な存在です。単なる玩具でもなければ、完全な美術品とも言い切れません。その中間に位置し、じっとこちらを見つめてくる——そんな独特の立ち位置にあります。

まず、その名の由来からご説明いたします。

市松人形の「市松」とは、江戸時代中期に活躍した歌舞伎役者、佐野川市松に由来しています。彼は当時、若衆形(美少年役)として絶大な人気を誇り、その愛らしく端正な姿が町人文化の中で一種の憧れの象徴となりました。いわば当時の“アイドル”的存在です。

この市松の人気にあやかり、彼の姿を模した抱き人形が作られるようになりました。これが市松人形の始まりとされています。つまり、もともとは実在の人物の人気に基づいて生まれた人形であり、現代で言えば人気俳優のフィギュアやキャラクターグッズに近い感覚だったとも言えるでしょう。

胡粉が綺麗に仕上がっていますね/市松人形の買取は福岡玄燈舎
胡粉が綺麗に仕上がっていますね

しかし、江戸の人々はそこで終わりませんでした。

単なる流行として終わらせるのではなく、人形は次第に独自の進化を遂げていきます。顔立ちはより写実的になり、体つきも人間に近づき、やがて「子供の姿」を写した人形として定着していきました。ここで重要なのは、市松人形が「子供の成長」や「家族の願い」と結びついていった点です。

とりわけ女児の健やかな成長を願う意味合いが強くなり、雛人形とはまた異なる存在として家庭に迎えられるようになりました。雛人形が儀礼的・象徴的な意味合いを強く持つのに対し、市松人形はより個人的で、日常生活に寄り添う存在だと言えます。

続いて、その構造や特徴について見ていきます。

市松人形の最大の特徴は、「人間らしさ」にあります。

頭部は胡粉(ごふん)という貝殻を砕いて作られた白い顔料で塗られており、なめらかで柔らかな肌を再現しています。目にはガラスや水晶が用いられることが多く、光を受けると視線が動いたように感じられることもあります。髪には人毛が使われる場合もあり、これが一層のリアリティを生み出しています。

胴体は布や桐などで作られ、関節が可動するものもあります。そのため、抱いたり座らせたりすることが可能で、「生活の中で扱う」ことが前提となっている人形です。

ここが、他の人形との大きな違いです。

たとえば雛人形は、基本的に飾ることを前提とした人形であり、儀式的な意味合いが強いものです。また、能人形や御所人形なども、美術的価値や象徴性に重点が置かれています。それに対して市松人形は、「抱く」「着せ替える」「共に過ごす」といった行為が自然に想定されている点が特徴です。

品目は「洋人形」
品目は「洋人形」

言い換えれば、より日常生活に溶け込んだ人形だと言えるでしょう。

この生活感こそが、市松人形の魅力であり、同時にその独特な存在感の源でもあります。

人は日常的に触れるものに対して、無意識のうちに感情移入をしてしまいます。毎日顔を合わせ、服を着せ替え、ときには話しかける。そのような積み重ねの中で、人形は単なる物体ではなく、「そこにいる誰か」のように感じられるようになります。

この感覚は、日本独特のアニミズム(万物に魂が宿るという考え方)とも深く関係しています。

古くから日本では、長く使った道具や人形には魂が宿ると考えられてきました。針供養や人形供養といった風習があるのもそのためです。市松人形は、そうした思想と非常に親和性の高い存在だと言えるでしょう。

顔がリアルで、目がこちらを見ているように感じられ、しかも日常的に触れる存在——こうした条件が揃えば、単なる物として割り切ることの方が難しく感じられるのかもしれません。

さらに時代が下ると、市松人形は国際交流の場にも登場します。

昭和初期、日本とアメリカの友好関係を深めるために行われた人形交流において、日本からアメリカへ多数の市松人形が贈られました。これらは「答礼人形」と呼ばれ、精巧な技術と美意識が込められた作品でした。

この出来事により、市松人形は国内の文化にとどまらず、日本を代表する工芸品としての側面も持つようになります。

つまりその歴史は、流行の人形から始まり、家庭の中で大切にされる存在となり、さらに国を代表する文化的象徴へと発展していったものだと言えるでしょう。

そして現代においても、市松人形はひな祭りの際に飾られたり、アンティークコレクションとして愛されたり、骨董品として扱われたりしながら静かに存在し続けています。しかし、その本質は大きく変わっていません。

つまり、見る者に強い印象を与え、「見つめられている」と感じさせる力を持っているのです。

これを不気味と感じるか、愛らしいと感じるかは人それぞれですが、少なくとも無関心ではいられない存在であることは確かです。

他の人形が「飾られる存在」であるのに対し、市松人形は「関係を持つ存在」と言った方が適切かもしれません。距離を保つのではなく、むしろ人の側に近づいてくるような感覚があります。ありがとうございました。

森重春幸とは…

紙には「春幸作」と記されてあります/骨董品の買取は福岡玄燈舎
紙には「春幸作」と記されてあります

【略歴】
1947年 大阪に生まれる。
北海道大学農学部卒業後、高校社会科教師・予備校教師を経て、30代なかばで人形の素材である胡粉と出会ったことにより人形制作を志し、製作技術を学ぶ。
1983年 奈良市登美が丘に「工房朋」を設立。以後、全国各地の百貨店、ギャラリーで個展を開催。
作品集に『市松人形たち』(毎日新聞社)、
『市松人形 Dolls To Remember』(講談社インターナショナル)がある。

森重春幸は頭部制作、胡粉仕上げ、髪付け、衣装構成といった一連の工程を総合的に習得し、分業に頼らず一体としての完成度を高めることに重きを置いたとされています。この「全体の調和」を重視する姿勢が、彼の作品の大きな特徴です。

森重春幸の人形は、一見して派手さはありません。しかし、その代わりに強い「静けさ」と「余韻」を持っています。顔立ちは柔らかく、やや伏し目がちな表情が多く見られ、見る者に感情を押し付けることなく、むしろ見る側の心情によって印象が変わるような曖昧さを備えています。胡粉と膠(にかわ)という伝統的な素材を用いて、女の子が昔から身近に置いて愛してきた市松人形を中心に洋服を着た人形(洋服を脱がせて代わりに着物を着せることもできます)、小ぶりで対にすると雛人形にもなる人形など、いろいろな創作人形があります。

胡粉の使い方にも工夫があり、単なる白さではなく、わずかな陰影や血色を感じさせる繊細な仕上げが施されています。そのため、光の当たり方や角度によって表情が微妙に変化し、「同じ人形なのに違って見える」という体験をもたらします。

江戸ちりめんでしょうか/骨董の買取は福岡玄燈舎
江戸ちりめんでしょうか

また、髪には人毛が用いられることが多く、整いすぎない自然な流れを意識した植毛が特徴です。衣装においても華美に走ることは少なく、全体の調和を崩さないよう抑制された色使いと構成がなされています。いわば、引き算の美学によって成り立つ作風と言えるでしょう。人形は着せ替えが可能で、その着物自身にも特徴があります。素材として、古くは幕末、明治・大正時代を中心とした、着物地を解いたもの-古裂-を用いています。美術館・博物館に所蔵されているものと同じ時代、質のもので、当時の最高の染め、刺繍などの技術が施された打掛、振袖、子供用晴れ着などからの古裂を裁断し、人形用に縫い上げています。

参考サイト

横浜人形の家
工房朋(奈良)

最も直接的に作品に触れられる場所です。

  • 1983年に森重春幸が設立

 

■その他の買取品目

 

★骨董品買取の福岡玄燈舎では古美術品の他、アンティークや掛軸、茶道具、書道具、絵画、仏像、勲章、中国陶磁、甲冑など多彩な骨董品を査定買取しております。お見積りだけでも構いませんのでお気軽にご相談ください。

★無料出張エリアはコチラです

■骨董品買取の福岡玄燈舎

〒818-0068 福岡県筑紫野市石崎2-6-25A

☎050-3569-2100

【電話受付】9:00~19:00

【店舗営業】不定休の為、お問い合わせください。

★古物商許可証 第909990038581