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福岡市中央区で天目花瓶を買取りました!

どんたくが終わった。
福岡市民という生き物は、祭りの最中だけ妙に陽気になる。普段は信号待ちですら無表情なのに、しゃもじを持った瞬間だけ「人生は祭りたい」と言わんばかりに踊り出すのである。もっとも、踊っている本人たちも本気で浮かれているわけではない。連休という制度上の義務として笑っているだけで、連休明けにはきっちり現実へ戻る準備をしている。博多駅の通路を流れる人波を見ればそれはよく分かる。祭りの翌朝、地下鉄へ吸い込まれていく顔は、だいたい税金の話を聞かされている時の顔に似ている。
我々骨董屋も同じである。
連休中は店に客が来ても、「これは父が好きでねえ」だの「祖母が大切にしてまして」だの、思い出ばかりが店内を漂い、財布はほとんど開かない。人間、休みの日には浪費はしても、骨董品までは買わないらしい。骨董とは、どちらかといえば人生に少し疲れた者が手を出す趣味である。祭りで踊っている最中に李朝の徳利を欲しがる人間は少ない。
そして連休が終わると、今度は別の現実が始まる。
売上である。
うちの相方は、祭りの余韻など一切信用していない人間で、「博多どんたくの経済効果」とテレビが騒いでいても、店の帳簿が赤ければ顔色は能面になる。朝、店のシャッターを開ける時の背中に、すでに「今月どうするつもりですか」という圧力が滲んでいる。骨董屋という商売は風流に見えて、実際はかなり胃に悪い。
そんな折、一件の電話が入った。
「花器や茶道具がいくつかあるので、見ていただけませんか」
電話口の声には、上品さと警戒心が半分ずつ混じっていた。福岡の中心部に住む年配女性特有の声である。育ちは良いが、業者に騙される話もよく聞いているので、最初から全面的には信用していない。その慎重さがまた、本当に良い品を持っている家の特徴でもある。
住所を聞けば、市内中心部の高級マンション群の一角だった。
昔なら町工場や古い商店が並んでいた場所である。いまではガラス張りのマンションが空を細切れにし、住人たちは互いに挨拶もしない。昭和の長屋には貧乏があったが会話もあった。令和の高層マンションには宅配ボックスはあるが、人情はだいたい管理費と一緒に引き落とされている。
指定の時間に伺うと、エントランスはホテルのように静かだった。
静かすぎる場所というのは、逆に人間の欲望が濃い。高級マンションとはつまり、「他人と距離を置くために高い金を払う場所」である。
部屋へ通される。
奥様は小柄で品の良い人だった。聞けば先代は花の先生だったらしい。床の間には季節外れになりかけた花が生けられていて、その脇に並ぶ花器を見た瞬間、こちらは少し背筋を伸ばした。
井上萬二の白磁。
中島宏の青磁。
しかも出来が良い。
骨董屋を長くやっていると、「ああ、百貨店外商が本気を出していた時代の家だな」という空気が分かる。バブルの頃、日本人は妙に器を買った。土地は上がるし株も上がるし、その勢いで壺まで買ったのである。いま思えば狂っているが、当時は皆が少し狂っていた。
私は平静を装いながら査定を始めた。
商売人に必要なのは感動を隠す技術である。本当に良い品を見ると内心では「うわ」と思う。しかし顔に出せば終わりだ。魚市場でマグロを見て目を輝かせる仲買人はいない。それと同じ…
一点ずつ確認していく。
状態も良い。
箱書きも揃っている。
しかも保管が丁寧だ。花を扱う人は器の扱いも美しい。これは茶人にも共通している。逆に、成金のコレクターは高い器を買っても扱いが雑だ。人間、金では品性までは買えない。
査定額を伝えるたび、奥様は少し驚いた顔をされた。
「そんなになるんですねえ」
世の中には、買った値段より高くなるものがある。だがそれは不動産でも株でもなく、たいてい亡くなった誰かの審美眼だったりする。
一通り見終えたころ、奥様がふと思い出したように言った。
「あと、これもありまして」
差し出されたのは古い桐箱だった。
この瞬間、骨董屋は少しだけ博打打ちになる。
世の中の桐箱の九割は期待外れだ。「大名道具です」と言われて開けたら、ただの贈答品の湯呑だったこともある。だが残り一割のために、この商売はやめられない。
箱を開ける。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
黒。
だが単なる黒ではない。
光を吸い込みながら、奥の方で静かに反射している。夜の水面のような色だった。
青木龍山の天目の花瓶。
思わず息を飲む。

茶碗ならまだ見る。しかし花瓶は珍しい。しかも出来が尋常ではない。黒の中に金属的な光が滲み、角度によって景色が変わる。器というより、小さな宇宙だった。
私は一瞬だけ商売を忘れた。
骨董屋には時々こういう瞬間がある。金額より先に、「なんでこんな物が今ここに残っているんだ」という感情が来る。
奥様は言った。
「主人はこれが好きだったみたいで」
“みたい”という言葉に、長い夫婦生活が滲んでいた。
結局、人は最後まで他人を完全には理解しない。四十年連れ添っても、「主人はよく分からない物を集めていました」で終わる。しかし、その分からなさこそが人間なのかもしれない。
査定額はかなり頑張った。
相方なら「攻めすぎじゃないですか」と言う金額だったが、こういう品には礼儀がある。安く叩けば儲かるというものでもない。骨董屋は品物だけでなく、持ち主の記憶ごと買取っている部分がある。
最終的に奥様は満足されたようだった。
買取成立。
書類を書き終える頃には、窓の外が少し赤くなっていた。
マンションを出る。
夕方の福岡は、祭りの熱が完全に冷めていた。サラリーマンが無言で歩き、コンビニでは新作スイーツが並び、ドラッグストアでは洗剤が山積みになっている。人間の生活とは、結局その繰り返しである。
私は車に積んだ天目の花瓶をちらりと見た。
何百年も残る器と、月末の売上に怯える骨董屋。
比べると少し可笑しい。
だが、その可笑しさの中で飯を食っているのだから仕方ない。
どんたくは終わった。
人々はまた現実へ戻る。
そして骨董屋は今日も、誰かの押入れの奥に眠る“小さな歴史”を探して、福岡の街を走り回るのである。
この花瓶については下記で詳しくお話しておりますので最後までお付き合いください。宜しくお願い致します。
買取品の詳細

◇この「天目曜光花瓶」は青木龍山作品の花瓶で天目茶碗はよく見かけますが花瓶は少ないようです。天目は唐物全盛の室町時代には、茶碗の中で最高峰に位置付けられました。 日本にのみ伝世する天目のうち、大徳寺龍光院のほか、静嘉堂文庫美術館と藤田美術館に所蔵される計三碗が国宝に指定されています。その天目茶碗を青木龍山が引き継いで作られた作品です。ありがとうございました。
買取査定額

◇天目作品の買取査定額もしくは評価額ですが時代やフォルム、そして作家名の有無、ほかには刻印や共箱などあればより高価買取&できます。ご自宅に天目の茶碗や花瓶が御座いましたら一度拝見させてください。もちろん状態や時代、作者、作品でもお値段は変わりますのでご了承ください。
■過去の作品買取例

青木龍山 作 染付大花瓶 300,000円
青木龍山 天目燿変茶碗 250,000円
青木龍山 天目愁韻花瓶 180,000円
青木龍山 釉彩額皿 100,000円 他多数
青木龍山とは?

◆青木龍山は、近代有田焼を代表する陶芸家の一人であり、とりわけ「天目釉」の研究と表現において独自の世界を築き上げた名工として知られている。陶芸界では“天目の龍山”とも称され、その作品は美術館や百貨店の展覧会だけでなく、茶人や骨董愛好家の間でも高い評価を受けている。特に、漆黒の釉薬の中に宇宙的な光彩を浮かび上がらせる独特の作風は、多くの人を魅了し続けている。
青木龍山の略歴
青木龍山は1926年、佐賀県有田町に生まれた。有田といえば、日本磁器発祥の地として知られる土地であり、江戸初期から続く陶磁器文化の中心地である。町全体が窯業と共に呼吸しているような場所で、煙突の煙と焼き物の匂いが生活の一部となっている。その土地に生まれた龍山もまた、自然と焼き物の道へ進むこととなった。
若い頃から陶芸の修行を積み、伝統的な有田焼の技法を学ぶ一方で、単なる古典の踏襲ではなく、現代的な美意識を取り入れた新しい磁器表現を模索していく。当時の有田焼は輸出用食器や量産磁器のイメージが強く、美術工芸としての前衛的な表現はまだ限られていた。その中で龍山は、磁器という素材の可能性を極限まで押し広げようとした作家だった。
特に彼が心を奪われたのが「天目釉」である。
天目とは本来、中国宋代に発展した鉄釉系の黒釉陶器を指し、日本では茶道文化と共に珍重されてきた。曜変天目や油滴天目など、宇宙を思わせる神秘的な景色を持つ茶碗は国宝級の扱いを受けている。しかし、その再現は極めて難しく、長年“幻の技法”とも呼ばれていた。
龍山はこの難題に真正面から挑んだ。
釉薬の配合、焼成温度、窯内の酸化還元、冷却速度などを何百回、何千回と試行錯誤し、独自の天目表現を確立していく。その研究熱心さは有名で、窯焚きのたびに細かなデータを記録し、失敗作すら財産として蓄積していたという。
やがてその成果は高く評価され、日本伝統工芸展などでも活躍。国内外で個展を開催し、有田焼の芸術的価値を押し上げる存在となった。
青木龍山作品の特徴

1. 漆黒の中に現れる宇宙的光彩
龍山作品最大の特徴は、やはり天目釉の表現にある。
一見すると黒い器なのだが、光を受けると青、紫、銀、金などの微妙な輝きが浮かび上がる。静かな闇の中に星雲が漂っているような幻想性があり、「宇宙を閉じ込めた器」と評されることも多い。
特に有名なのが「油滴天目」系統の作品である。
油滴とは、釉面に油の粒を散らしたような斑文が現れる技法で、中国宋代の名品にも見られる。龍山はこれを単なる古典復元に終わらせず、現代的な造形感覚で発展させた。器面に浮かぶ細かな斑点は、角度によって虹色にも銀色にも変化し、見る者を飽きさせない。
2. 磁器ならではのシャープな造形
一般的な天目茶碗は陶器で作られることが多いが、龍山は有田焼の磁器技術を活かした作品制作を行った。
そのため、器の輪郭が非常にシャープで洗練されている。薄造りでありながら存在感があり、現代建築にも通じるような端正なフォルムを持つ。これは土味を重視する唐津焼や楽焼とは対照的で、あくまで“磁器の天目”として独自性を放っている。
花瓶や壺になると、その美しさはさらに際立つ。
特に胴部へ滑らかに落ちる釉薬の景色と、研ぎ澄まされた口縁部の緊張感は、まるで日本刀のような気品を感じさせる。
3. 偶然性と計算の共存
天目釉は偶然性の強い技法である。
窯の温度が数度違うだけで発色が変わり、狙った景色を完全に再現することは難しい。龍山はその偶然を制御しながら、なおかつ“偶然らしさ”を作品に残した。
ここに作家としての高度な美意識がある。
完全に均一な景色ではなく、あえて揺らぎを持たせることで、器に生命感を与えているのである。工業製品にはない“窯変の美”を最大限に活かした点が、龍山作品の大きな魅力だ。
代表作品
「油滴天目」シリーズ
龍山を代表する作品群。
黒釉の中に銀色や青紫色の斑点が無数に浮かび、夜空のような深みを持つ。見る角度や照明によって表情が変化するため、鑑賞者との“対話性”が非常に強い作品である。
茶碗だけでなく、花瓶や飾壺でも展開され、多くの愛好家を生んだ。
「曜変天目」系作品
国宝曜変天目に挑んだ作品群。
曜変天目とは、黒地の中に虹色の光輪が浮かび上がる極めて神秘的な天目で、現存数が非常に少ない。龍山は独自研究によってその幻想性を現代陶芸として再構築した。
完全復元ではなく、“龍山解釈による曜変”という点に大きな価値がある。
天目花瓶
骨董市場でも人気が高い。
茶碗以上に大きな面積へ釉景が広がるため、龍山独特の光彩表現を存分に味わうことができる。特にスポットライトや自然光の下で見ると、器面がまるで発光しているように見える。
近年では海外コレクターからの評価も高まっており、状態や出来の良い作品は高額で取引されている。
■参考サイト
1. 青木龍山窯
青木龍山本人の作品を最もまとまって見られる場所です。
代表的な「天目花器」「染付花紋大皿」系統の作品や、龍山独自の漆黒の天目釉作品が展示されています。現在は青木清高・清晃作品も併せて展示販売されています。予約制なので事前連絡推奨です。
2. 佐賀県立九州陶磁文化館
青木龍山の回顧展や寄贈コレクション展示が行われた、美術館としては最重要クラスの施設です。
県へ寄贈された代表作群が所蔵されており、企画展や常設展示の一部で公開されることがあります。
■その他の買取品目
★骨董品買取の福岡玄燈舎では古美術品の他、アンティークや掛軸、茶道具、書道具、絵画、仏像、勲章、中国陶磁、甲冑など多彩な骨董品を査定買取しております。お見積りだけでも構いませんのでお気軽にご相談ください。












































