
福岡市中央区で古いカメラを買取りました!

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◇福岡では五月の中旬だというのに、とうとう梅雨入りしたらしい。
昔なら「情緒があってよろしい」などと俳人みたいなことも言えたのだろうが、我々のような商売人にとって雨というやつは、どうにも景気まで湿らせる困った代物である。
空は朝から鉛色。
洗濯物は乾かず、靴下はじめじめし、財布の中身はさらにじめじめ。
おまけにこの時期、骨董屋という生き物は世間様から妙に怪しまれる。
「骨董屋です」
などと名乗ろうものなら、
「ああ…あの壺とか掛軸とかで儲ける人ですね」
という、どこか警戒した目で見られる。
こちらとしては真面目に働いているつもりなのだが、どうも世間の中では“昼間から古い茶碗を撫で回して酒を飲んでいる人種”くらいの認識らしい。
しかし食わねばならぬ。
雨にも負けず、世間の偏見にも負けず、本日も私は愛車の軽バンを走らせる。
向かう先は福岡市中央区。
なかなか立派なマンションである。
中央区のマンションというのは不思議なもので、入口に入った瞬間こちらの服装から車種から財布の厚みまで見透かされているような気分になる。
「軽バンで来てすみません」
と誰にも頼まれていないのに心の中で謝罪しつつエレベーターへ乗り込む。
今回の依頼主によると、亡くなられた先代がプロのカメラマンだったらしい。
しかもコレクター気質の強い人物で、カメラ以外にもいろいろ集めていたとのこと。
“いろいろ”
この言葉ほど骨董屋を震え上がらせる単語はない。
いざ部屋へ通されると、そこにはまさに“男のロマン博覧会”が広がっていた。
古いカメラが棚一面。
その横には掛軸。
さらに中国陶磁器。
油絵。
ブロンズ像。
そしてよく分からないが、とにかく重たい石。
骨董屋人生長いが、「これは何に使う物ですか?」と聞いても誰も答えられない石が一番怖い。
部屋の空気には、長年積み重ねられた趣味人の執念が漂っている。
こういう家を見ると、人間という生き物は最後には“好き”だけで生きていた痕跡を残すのだなあと妙に感心する。
依頼主の話によると、先代は地方へ撮影に行くたび骨董屋へ立ち寄り、値段もあまり見ずに“気に入った”という理由だけで購入していたらしい。
なんとも豪快である。
普通の人は値札を見て悩む。
「これ買ったら今月の小遣いが…」
などと現実と相談する。
しかし世の中には一定数、
「欲しい。よし買おう」
だけで人生を突き進む豪傑がいる。
だいたいそういう人は、家族を困らせる。
さて、査定開始である。
本来なら一日かけても終わらない量だ。
しかし今日のところはカメラ中心。
まずは古いニコン。
ずしりと重い。
今のデジタル機器のような軽薄さがない。
昔のカメラというのは、まるで工具である。
下手をすると泥棒くらいなら殴って撃退できそうな重量感がある。
続いてコダック。
さらに小西六。
ブロニカ。
古いカメラ好きにはたまらない顔ぶれだ。
カメラを一台ずつ手に取るたび、私は毎回思う。
昔の職人というのは、どうしてこう無駄に格好良い物を作るのだろう。
シャッター音一つにしても、
「カシャ」
ではない。
「チャンッ」
である。
まるで昭和の映画スターが煙草に火をつけるような音だ。
しかも革の匂い、金属の冷たさ、ファインダー越しの世界。
デジタルにはない妖しい魅力がある。
そして棚の奥から現れたのが、今回の主役。
ライカである。
骨董屋という人種は、ライカを見ると少し姿勢が良くなる。
もちろん高価だからというのもある。
しかしそれ以上に、ライカには独特の“神様感”があるのだ。
車好きで言えばフェラーリ。
刀好きで言えば正宗。
酒飲みで言えば開店前の居酒屋。
そんな特別感。
しかも今回のライカ、なかなか状態が良い。
私は思わず息を飲み、白手袋をしたまま数分黙り込んだ。
依頼主は不安そうに聞く。
「どうですか?」
こういう時、骨董屋は難しい。
あまり興奮すると怪しい。
かといって無表情でも感じが悪い。
だから絶妙に、
「ほほう…」
くらいの顔を作る。
この“ほほう”には、
「これは良い物ですね」
「しかし簡単には浮かれませんよ」
「私はプロですから」
という、骨董屋の見栄と演技が全部詰まっている。
それから延々と状態確認。
レンズ。
シャッター。
カビ。
革の劣化。
改造歴。
骨董の査定というのは、結局最後は地味な確認作業である。
世間は我々を、
「なんでも鑑定団みたいにパッと見て何百万!」
と思っているが現実は違う。
老眼と戦いながら細かい傷を探し、腰を痛め、時には埃でくしゃみをしながら査定しているのである。
まことに地味だ。
そして最後に値段を出す。
これが毎回胃の痛くなる瞬間である。
安ければ申し訳ない。
高ければこちらが怖い。
骨董屋というのは、常に“相場”という名の得体の知れない怪物と戦っている。
結果として今回は、全部は買取できなかったものの、ライカをはじめニコン、コダックなど数台を譲っていただくことになった。
依頼主も満足そうで、こちらも一安心。
帰り際、
「次は他の骨董品もお願いします」
と言われる。
ありがたい。
骨董屋にとって次回の約束ほど嬉しい言葉はない。
雨空だった気分が少し晴れる。
帰りの軽バンの中。
窓ガラスには相変わらず細かな雨粒。
助手席には丁寧に積まれた古いカメラたち。
何十年も前、誰かの人生を写してきた道具が、こうしてまた別の場所へ旅立っていく。
骨董というのは面白い。
持ち主が変わっても、物だけは妙に堂々としている。
そして私は今日も思うのである。
世間から多少胡散臭がられようが、雨で売り上げが湿ろうが、この仕事はやはりやめられない。
古い物には、人間の欲や夢や見栄やロマンが全部染み込んでいる。
それを眺めながら酒でも飲めるのだから、骨董屋という商売も案外悪くない。
ではまた。
このカメラについては下記で詳しくお話しておりますので最後までお付き合いください。宜しくお願い致します。
買取品の詳細

◇この「ライカM1」は1970年代の物と思われますが状態も良くレンズ内にもほこりやカビも見られませんでした。勿論、シャッターや他の動作も問題なく貴重なコレクター物のアンティークカメラでした。実際に使用もできますがコレクションとしても手元に置いておくと今後のプレミア度も高くなるカメラでしょう。
買取査定額

◇ライカカメラの買取査定額もしくは評価額ですがまず型番やレンズの内容、次に状態や付属品の有無などで高価買取&できます。ご自宅に 古いカメラが御座いましたら一度拝見させてください。もちろん状態や時代、作者、作品でもお値段は変わりますのでご了承ください。
■過去のライカカメラの買取例

ライカ M1 オリーブ 軍用ライカ 900,000円
ライカ、LEICA M3, Black. 800,000円
ライカM4 Black Paint ボディ 1967年製 550,000円
ライカ M シルバークローム ボディ 450,000円 他多数
ライカとは?

ライカ誕生の背景
ライカの源流は1849年、ドイツ・ウェッツラーで創業した光学機器メーカー、
の前身「エルンスト・ライツ社」にまで遡ります。
もともとは顕微鏡などを製造する会社でしたが、19世紀末には高い光学技術力で知られるようになっていました。そこへ登場したのが技術者
オスカー・バルナック
です。
彼は1910年代、「もっと小型で持ち運びしやすいカメラが必要だ」と考え、映画用35mmフィルムを利用した小型カメラを試作しました。
この試作機こそ、有名な「Ur-Leica(ウル・ライカ)」です。
つまりライカは、“映画用フィルムを写真機へ転用した革命”から始まったメーカーでした。
1925年に量産機「Leica I」が発売されると、その小型さと高画質に世界中の写真家たちが驚きました。当時のカメラは大型で、三脚を立てて使用するのが当たり前でしたが、ライカは手軽に持ち歩くことができたのです。
この登場によって、「写真を撮る」という行為が大きく変化しました。
ライカという名前の由来
「Leica」という名称は、
- Leitz(ライツ社)
- Camera(カメラ)
を組み合わせた略称です。
非常にシンプルな名前ですが、後に世界最高峰ブランドの一つとして知られる存在になりました。
ライカ最大の特徴
① 小型高性能という思想
ライカ最大の功績は、「小さいのによく写る」という価値観を世界へ広めたことです。
現在では当たり前ですが、当時としては画期的でした。
報道写真家たちは大型機材から解放され、街角や戦場などで瞬間を切り取れるようになりました。
特に有名なのが、写真家
アンリ・カルティエ=ブレッソン
です。
彼はライカを愛用し、「決定的瞬間」という写真哲学を確立したことで知られています。
② レンズ性能の高さ
ライカといえば、やはりレンズ性能の高さです。
ズミクロン、ズミルックス、ノクティルックスなどの名レンズは、現在でも世界中で高い評価を受けています。
ライカレンズの特徴としては、
- 線が細く繊細
- 立体感がある
- 階調が柔らかい
- 空気感まで写す
などと表現されることが多いです。
単なる解像度だけでは説明できない、“味わい”を重視する文化がライカには根付いています。
レンジファインダーという独特の機構
ライカを語るうえで欠かせないのが、「レンジファインダー方式」です。
これは一眼レフのようにレンズを通して見るのではなく、ファインダー内の二重像を合わせてピントを調整する仕組みです。
慣れるまでは独特ですが、
- シャッターショックが少ない
- 静か
- 小型化しやすい
- 被写体を見失いにくい
といった利点があります。
特に街角スナップとの相性が良く、“日常を自然に切り取る感覚”を好む写真家たちに支持されてきました。
ライカを有名にした代表機種
Leica I(1925年)
ライカ最初期の量産機です。
35mmカメラ時代の幕開けを告げた歴史的名機として知られています。
Leica III
低速シャッターなどを搭載し、完成度をさらに高めたシリーズです。
戦前ライカの代表的存在です。
Leica M3(1954年)
多くの愛好家から「史上最高のレンジファインダー」と呼ばれる名機です。
- 美しい操作感
- 滑らかな巻き上げ
- 明るいファインダー
- 精密な作り
などが高く評価されています。
骨董の世界でいえば、まるで名工の日本刀のような完成度を持つカメラといえるでしょう。
Leica M6
1980〜90年代を代表する人気機種です。
露出計を搭載しながらも機械式の操作感を残しており、現在でも中古市場で非常に人気があります。
フィルムカメラブームによって価格も高騰しています。
ライカと戦場写真
ライカは報道写真と深い関わりがあります。
特に
ロバート・キャパ
ら戦場写真家たちが愛用したことで有名です。
小型軽量で持ち運びしやすかったため、最前線へも携行できました。
第二次世界大戦やスペイン内戦、ノルマンディー上陸作戦など、歴史的瞬間の多くがライカによって記録されています。
その意味でライカは、「20世紀そのものを記録したカメラ」とも言える存在です。
一眼レフ時代と苦戦
1960〜70年代になると、
- Nikon Corporation
- Canon Inc.
- Minolta Co., Ltd.
などの日本メーカーが高性能な一眼レフカメラを次々と開発しました。
AF(オートフォーカス)や高速連写の時代になると、ライカはやや苦戦するようになります。
しかし逆に、
- 手作業感
- 精密機械としての美しさ
- 操作する楽しさ
を徹底したことで、“道具としての価値”を守り続けました。
デジタル時代のライカ
デジタル化では出遅れたとも言われましたが、現在では高級デジタルカメラブランドとして確固たる地位を築いています。
特に人気なのが「Mシリーズ」です。
Leica M11
現在の主力レンジファインダー機です。
特徴として、
- 約6000万画素
- フルサイズセンサー
- クラシックな操作感
- 現代的な高画質
を両立しています。
価格はボディのみで100万円を超える場合もありますが、「撮る喜び」を重視する愛好家たちから絶大な支持を受けています。
現在の主流シリーズ
Mシリーズ
伝統的レンジファインダー機であり、ライカの象徴的存在です。
Qシリーズ
固定レンズ式の高級コンパクトカメラです。
AFも搭載されており、初心者にも人気があります。
「ライカ入門機」として支持されています。
SLシリーズ
ミラーレス一眼タイプで、動画性能も高く、プロ用途にも対応しています。
D-LUXシリーズ
比較的コンパクトで扱いやすく、旅行用カメラとして人気があります。
ライカが愛される理由
ライカは性能だけで見れば、最新の国産機に及ばない部分もあります。
しかし、それでも多くの人々を惹きつけ続けています。
その理由は、
- シャッター音
- 金属の感触
- 巻き上げの感覚
- 真鍮の重み
- 使い込むほど増す味わい
など、“所有する歓び”が非常に強いからです。
時計でいえば高級機械式時計、車でいえばクラシックスポーツカーに近い存在です。
単なる実用品ではなく、文化や美意識を含めて愛されているのです。
中古市場と骨董的価値
古いライカは骨董・収集の世界でも非常に人気があります。
特に、
- 戦前型
- 軍用ライカ
- ブラックペイント
- 限定モデル
実用品でありながら、美術工芸品のような価値を持っているのです。
日本刀や茶道具と同じように、「機能美が文化へ昇華した存在」とも言えるでしょう。
まとめ
Leica Camera AG は、35mmカメラ文化を切り開いた歴史的メーカーであり、現在でも世界中の写真愛好家から特別な尊敬を集めています。
大量生産やAI化が進む現代においても、ライカはあえて、
- 手で操作する楽しさ
- 道具を育てる感覚
- 写真を“撮らされる”のではなく“撮る”感覚
を大切にし続けています。
■参考サイト

■その他の買取品目
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