福岡市東区で岡田嘉夫作品買取りました
福岡市東区で岡田嘉夫作品買取りました

福岡市東区で岡田嘉夫作品を買取りました!

 

骨董品店連絡先
【電話受付 9:00~19:00 】

写真はtremolo3247@gmail.com若しくはLINEからお願いします。 

もうすぐお盆である。

 この時期になると、世間の人々は急に忙しくなる。

 会社員は休暇前の仕事を片付けなければならない。商売人は盆前の段取りに追われ、主婦は帰省してくる家族のために布団を出したり、食材を買い込んだりする。道路には帰省客の車が増え、駅には大きな荷物を抱えた人が増える。

 つまり、日本中が「もうすぐ休みだ」という理由で大忙しになる。

 実に不思議な国である。

 休むために、まず死ぬほど働く。

 そして我々骨董屋も、その例外ではない。

 骨董市場がある、オークションがある、蚤の市がある。あちらから荷物が出た、こちらから買取依頼が入った、明日は市場だから今日は商品の整理をしなければならない。

 普段は「まあ、急がなくても骨董品は逃げませんから」などと、いかにも人生を達観したような顔をしているくせに、この時期になると我々も世間の激流に巻き込まれる。

 やれオークションだ。やれ骨董市だ。やれ買取だ。

 気がつけば、朝から晩まで車に乗っている。

 そもそも骨董屋という商売は、そんなにコンを詰めてやる商売ではない。

 少なくとも私はそう思っている。

 朝起きて、茶でも飲み、「今日は何か面白いものでも出てこないかな」と考えながら仕事をする。

 それで十分なのである。

 ところが世間が忙しくなると、こちらまで忙しいような気分にさせられる。

 人間というものは、どうも周囲に弱い。

 隣の人が走れば自分も走らなければならないような気がする。

 隣の人が「急がなければ」と言えば、こちらまで「よし。急ごう」と思う。

 実際には、急いだところで骨董品の価値が上がるわけでもない。

 古い茶碗が、

「早く査定してください!」

 と急かしてくるわけでもない。

 掛軸が、

「盆前だから高く買ってください!」

 と訴えてくるわけでもない。

 それでも人間だけが勝手に慌てている。

 そんな世間の騒ぎにまんまと感化され、本日も相方と二人、車に乗り込んで出発した。

 本日の依頼は、祖父が集めていた絵画が大量にあるというものだった。

 絵画が大量にある。

 この言葉には骨董屋として少し期待する。

 「大量」という言葉は危険である。

 大量の茶道具

 大量の掛軸。

 大量の古陶磁器。

 大量の絵画。

 この「大量」という一言の中に、骨董屋の夢と現実が同居している。

 夢を見れば、

「もしかすると、ものすごいコレクションかもしれない」

 となる。

 現実を見ると、

「大量の処分品かもしれない」

 となる。

 その中間あたりに「そこそこ良いものが何点かある」という、骨董屋にとって一番ありがたいような、ありがたくないような状態が存在する。

 さて、お宅に到着して部屋に入ってみる。

 そこには確かに絵が大量に並んでいる。

 額縁、キャンバス、油絵、風景画、人物画……。

 これはなかなかの量である。

 依頼主のお話によれば、

「祖父が絵が好きで、ずいぶん集めていたんです」

 とのこと。

 なるほど。

 これは楽しみだ。

 こちらも骨董屋である。

 絵画がこれだけ並んでいれば、一枚くらいは何かあるだろう。

 そう思いながら、一枚、また一枚と見ていく。

 ところが、どうも様子がおかしい。

 集めたというより、描いたものが多い。

 つまり、お祖父様は絵画コレクターだったというより、かなり熱心な絵画愛好家、いや、もっと正確に言えば画家志望だったらしい。

 風景画。静物画。人物画。花。山。海。

 油絵具の厚みもなかなかのものである。

 ご本人が楽しんで描かれたのであろう。

 絵からも、その熱意は伝わってくる。

 しかし、熱意と市場価格というものは、残念ながら別の場所に住んでいる。

 これは骨董屋を長くやっていると嫌というほど思い知らされる。

 人が一生懸命作ったものだから高い。

 大切にしていたから高い。

 何十年も家にあったから高い。

 ……というほど、世の中は甘くない。

 むしろ骨董屋の世界は、そこを冷静に見なければならない。

 作者不詳。市場評価なし。展覧会歴なし。美術館収蔵なし。

 そんな条件が揃ってしまうと、どれほど立派な額に入っていても、査定の数字は急に小さくなる。

 こちらとしても心苦しい。

 「これはちょっと……」

 と言うたびに、依頼主の顔が少しずつ曇っていく。

 こちらも曇る。

 部屋の中だけでなく、商談そのものが曇ってくる。

 そんな中、さらに奥から出てきたのが、いわゆる大家の名前が付いた品々だった。

 ピカソ。ゴッホ。おお、それはすごい。

 名前だけなら世界最高峰である。

 こちらも一瞬、背筋が伸びる。

 しかし、骨董屋というものは名前を聞いただけで喜んではいけない。

 ピカソなら何でも高い。ゴッホなら何でも高い。

 そんな単純な世界なら、私も今頃はもう少し楽な人生を送っている。

 世の中には複製品もあれば、印刷物もある。工芸品もあれば、お土産的なものもある。

 今回のものも、残念ながら現在の市場では買取価格を付けるのが難しいものだった。

 「ピカソ」と聞いて期待したところから、現実の査定額まで落ちてくる。

 この落差は、ジェットコースターより激しい。

 それでも一枚一枚確認していく。

 骨董屋というのは不思議な商売で、百枚見て九十九枚が駄目でも、最後の一枚に目が止まれば、それまでの疲れが少し吹き飛ぶ。

 そして今回、その一枚があった。

 「岡田嘉夫」

 私は思わず手を止めた。岡田嘉夫の絵草紙である。

 これは面白い。それまでの油絵とは明らかに雰囲気が違う。

 色彩が鮮やかで、線が生きている。そして何より、女性の描き方が色っぽい。

 いや、色っぽいという言葉では少々足りない。艶っぽい。

 こちらをじっと見ているような、そうでもないような。

 何とも言えない視線である。春画のようにストレートな色気とは違う。

 骨董屋という商売をしていると、長年いろいろな女性を描いた絵を見る。

 美人画も見る。浮世絵も見る。日本画も見る。

 掛軸の中から美女が出てくることもある。

 しかし、この岡田嘉夫の女性は少し違う。

新源氏物語です/アンティークの買取は福岡玄燈舎
新源氏物語です

 古典的な美人画の雰囲気を持ちながら、どこか現代的。

 浮世絵のような線を感じさせながら、グラフィックデザインのような鮮烈さもある。

 そして何より、絵の中に物語がある。

 この人は何を考えているのだろう。

 誰を待っているのだろう。

 あるいは、待っているふりをして誰かを困らせているのかもしれない。

 絵を見ながら、そんな余計なことまで考えてしまう。

 これが絵の力というものだろう。

 私は個人的にも気に入ってしまった。

 骨董屋というのは、商品を見ながら「これはいくらになるか」と考えなければならない。

 ところが、ときどき「これは自分が欲しいな」という感情が先に立つ。

 商売人としては実に危険な瞬間である。

 買う側なのに、自分が欲しくなってどうする。

 しかし、そういう一枚に出会えるから、この商売は面白い。

 査定額を出す。

 今回は、この岡田嘉夫の作品については、他の品物とは少し違う金額を提示させていただいた。

 依頼主も、「これにそんな価値があるんですか?」

 と少し驚かれた。あるんです。少なくとも私にはある。

 世間の相場というものも大切だが、骨董屋には骨董屋なりの「これは面白い」という感覚がある。

 それが商売になるかどうかは、また別の話なのだが。

 結果として、商談は穏やかに成立した。

 大量の絵画の中から、最終的にこちらが強く惹かれたのは、ほんの一枚。

 人生とは、どうもそういうものらしい。

 たくさん持っているから価値があるわけではない。

 百枚あっても心に残らないものは残らない。

 一枚しかなくても、妙に気になるものは気になる。

 骨董品、美術品も絵も、そして人間も、案外同じなのかもしれない。

 帰りの車に乗り込む。相方と顔を見合わせる。

 大量の絵を見た。汗もかいた。査定もした。

 それなりに時間も使った。そして最後に買ったのは、一枚。

 しかも、利益がたっぷり取れるような商品でもない。

 商売として考えれば、

「今日は何だったのだろう」 という話である。

 しかし、私はあまり気にしない。

 骨董屋というものは、毎日毎日利益だけを追いかけていたら、そのうち自分が何を好きでこの商売を始めたのか分からなくなる。

 まあ…たまにはこういう日があってもいい。

 いや、こういう日があるから続けられるのかもしれない。

 世間では、もうすぐお盆休み。

 皆さんは仕事を片付け、帰省の準備をし、旅行の計画を立て、慌ただしく休日へ向かっている。

 我々骨董屋も、オークションだ、骨董市だ、買取だと、世間の激流に巻き込まれて右往左往している。

 だが、よく考えてみれば、骨董屋がそんなに慌てる必要はない。

 古いものは逃げない。

 百年前の茶碗は、今日も百年前のままである。

 百年前の掛軸も、明日になったからといって急に二百年前になるわけではない。

 そして岡田嘉夫の女性も、こちらが急いだからといって色気を増してくれるわけではない。

 そう考えると、急いでいるのは人間だけである。

 世間が走る。 私も走る。相方も走る。

 しかし、骨董品は黙ってそこにいる。

 だったらまあ、今日くらいは一枚の絵に出会えたことを喜んで帰るとしよう。

 利益? それはまた、別の日に考えればいい。

 「まあ、こんな日もあるさ」そう言いながら車を走らせる。

 窓の外では、もう夏の空が盆休みの準備をしている。

 世間は忙しい。骨董屋も忙しい。

 しかし私だけは、買い取った岡田嘉夫の絵を思い出しながら、少しだけニヤニヤしていた。

 どうやら今日一日の利益は、金額ではなく、あの艶っぽい一枚だったらしい。

 骨董屋の商売とは、まったくもって分からないものである。

 

買取品の詳細

薄墨で描いたような肉筆画です/骨董品の買取は福岡玄燈舎
薄墨で描いたような肉筆画です

◇この「絵草紙  源氏物語」は淡い色使いのとても艶やかな作品です。俗に言われる「春画」の部類には入りますがとても上品で雅な絵画です。買取品にはぼかしの色使いもありより一層の古代の色気が感じられます。

 

買取査定額

青色と赤色のコントラストもきれいですね/骨董品の買取は福岡玄燈舎
青色と赤色のコントラストもきれいですね

◇岡田嘉夫作品の買取査定額ですが人気の画風、状態、鑑定書などがが複数あればより高価買取&できます。ご自宅に岡田嘉夫作品が御座いましたら一度拝見させてください。もちろん状態や時代、作品でもお値段は変わりますのでご了承ください。

 

■過去の作品買取例
岡田嘉夫「サーフィン娘」 木版画 300,000円
岡田嘉夫  絵草紙 源氏物語  横笛 150,000円
岡田嘉夫  絵草紙 源氏物語  常夏 参 120,000円
岡田嘉夫  絵草紙 源氏物語  明石 弐 100,000円 他多数

岡田嘉夫とは?

1.神戸に生まれ、デザインから絵の世界へ

岡田嘉夫(おかだ・よしお)は、1934年(昭和9年)10月25日、神戸市中央区生まれ。2021年(令和3年)1月31日に86歳で亡くなりました。

1953年に兵庫県立長田高等学校を卒業。その後、神戸ドレスメーカー学院などで服飾やデザインを学びながら、デッサンや絵画を独学で磨いていきました。つまり、岡田は最初から伝統的な日本画壇の教育を受けた画家ではありません。むしろ服飾、デザイン、挿絵、出版といった大衆文化に近い場所から、自分自身の絵画世界を作り上げた人物といえます。

1963年には神戸でグラフィックデザイナーとして活動を開始し、OS映画劇場やミムラの嘱託デザイナーなどを務めています。そして1971年頃から挿絵を中心に本格的な画家活動へと移行しました。

この頃の岡田に大きな影響を与えた人物として忘れてはならないのが、昭和を代表する挿絵画家、岩田専太郎です。

岡田は若い頃に岩田専太郎と出会い、その作品と仕事ぶりに強い刺激を受けました。岩田専太郎といえば、時代小説の挿絵や美人画で一世を風靡した人物です。女性の姿態、着物の柄、髪、表情などを美しく描きながら、物語性を一枚の絵の中に凝縮する名手でした。岡田が後に見せる「美人」「物語」「官能」「大胆な構図」という特徴を考えると、岩田との出会いが重要な意味を持っていたことが理解できます。

2.岡田嘉夫が影響を受けたもの

岡田嘉夫の場合、「この一人からこの技法を学んだ」という単純な系譜ではありません。

大きく分ければ、

浮世絵、美人画、岩田専太郎らの挿絵、江戸・明治の絵草紙、着物や服飾文化、そして古典文学

といった複数の文化が混ざり合っています。

そのなかでも特に重要なのが浮世絵的な「線」です。

岡田の人物を見ると、写実的に陰影を積み重ねる西洋絵画とは違い、輪郭線そのものが人物の存在感を作っています。女性の髪、首筋、肩、着物の襟、手の指などが非常に強い線で描かれ、その線が画面全体を支配します。

一方で、色彩は非常に現代的です。

赤、紫、青、緑、金などを大胆に組み合わせ、伝統的な日本画というよりも、ポスターやグラフィックデザインにも近い鮮やかさを見せます。

つまり岡田の絵は、

「浮世絵の線+美人画の色気+グラフィックデザインの構成力」

と考えると理解しやすいでしょう。

3.田辺聖子との出会い

岡田嘉夫を語るうえでもう一人欠かせないのが作家の田辺聖子です。

田辺聖子の文学と岡田の絵は非常に相性がよく、二人は古典文学を現代の読者に楽しませる仕事を数多く手がけました。

代表的なのが、

  • 『絵草紙源氏物語』
  • 『おちくぼ姫』
  • 『田辺聖子の小倉百人一首』
  • 『ふしぎなひきだし』

などです。

なかでも『絵草紙源氏物語』は岡田芸術を理解するうえで非常に重要です。

『源氏物語』という古典を単に昔風に描くのではなく、岡田はそこに現代的な女性像や色彩感覚を持ち込みました。

平安時代の物語でありながら、女性の表情や姿には現代的な艶やかさがあり、衣装の色彩も鮮烈です。

そのため岡田の「源氏」は、歴史資料としての平安絵巻とは違います。

むしろ、

「古典を現代人の目で見直した源氏絵」

なのです。

2024年には岡田の代表作約600点を収録した作品集『岡田嘉夫――綺想の絵師』が刊行され、こうした仕事をまとめて見る機会も生まれました。作品集では『女絵草紙』、「新・源氏物語」、小倉百人一首や今昔物語などを題材にした作品など、幅広い仕事が紹介されています。

4.代表作『おんな絵草紙』

岡田嘉夫の初期を代表する仕事の一つが、1974年刊行の**『岡田嘉夫・おんな絵草紙』**です。

このタイトルそのものが岡田芸術をよく表しています。

「絵草紙」という言葉には、江戸時代の庶民が楽しんだ絵入りの読み物という意味があります。

岡田はこの古い形式をそのまま復活させたのではありません。

現代の印刷技術やグラフィック感覚を使いながら、江戸の浮世絵師たちが持っていた「女性を見る眼差し」「物語を一枚の絵にする力」を現代へ持ち込んだのです。

そのため岡田はしばしば「現代の浮世絵師」と称されました。鮮やかな色彩、大胆な構図、官能的な描線がその大きな特徴です。

5.『新・源氏物語』――古典を現代化する

岡田嘉夫の代表的な仕事として、田辺聖子との『新・源氏物語』も挙げられます。

ここで面白いのは、岡田が単に「平安時代らしい絵」を描いていないことです。

平安貴族の衣装や調度などには古典的な要素がありますが、女性の描き方、構図、色彩には20世紀の感覚が入り込んでいます。

人物の顔を大きく配置したり、画面を大胆に切り取ったり、余白を効果的に利用したりする構成は、古典絵巻とはかなり異なります。

近年の原画展などでも『新・源氏物語』の各帖が紹介されており、岡田が長年にわたって源氏物語の世界を描き続けたことがわかります。

6.小倉百人一首、落窪物語、童話まで

岡田の仕事は源氏物語だけではありません。

『田辺聖子の小倉百人一首』では、和歌という非常に抽象的な文学世界を人物や風景として視覚化しています。

また、『おちくぼ姫』では『落窪物語』を題材とし、さらに『しらゆきひめ』『にんぎょひめ』『みにくいあひるのこ』『おやゆびひめ』などの児童向け作品にも絵を提供しました。

ここにも岡田の面白さがあります。

一般的な「美人画の画家」であれば、古典文学や女性風俗だけに仕事が限定されても不思議ではありません。しかし岡田は童話から古典文学、歌舞伎、落語まで幅広く手がけました。

つまり彼の本質は「美人を描く画家」というより、

「物語を絵にする画家」

だったと考えるほうが適切でしょう。

7.橋本治との「歌舞伎絵」

晩年に近づくと、岡田は作家・橋本治との仕事にも取り組み、歌舞伎を題材とした「歌舞伎絵」の創作にも力を注ぎました。また、古典落語のアレンジやプロデュースにも携わっています。

ここでも、岡田は単純に伝統芸能を写し取っているわけではありません。

歌舞伎そのものが持つ、

  • 派手な衣装
  • 誇張された身体表現
  • 強烈な色彩
  • 男女の情念
  • 善悪の対比
  • 一瞬を切り取ったようなポーズ

といった特徴は、岡田の画風と非常に相性がよいのです。

むしろ歌舞伎は、岡田がもともと持っていた「絵草紙的感覚」をさらに発展させる格好の題材だったともいえます。

8.岡田嘉夫の絵の特徴

岡田作品を見るとき、特に注目したいのが次の五点です。

第一は「線」。

人物の輪郭を非常に明確な線で捉えます。特に女性の首、肩、髪、手などに流麗な線が使われます。

第二は「色」。

赤や紫、青、緑、金などを大胆に組み合わせます。色は単なる装飾ではなく、人物の感情や物語の雰囲気を表現する役割を担っています。

第三は「構図」。

人物を画面いっぱいに配置したり、あえて身体の一部を画面外へ切ったりする大胆な構図が見られます。これはグラフィックデザインを経験した岡田ならではの特徴でしょう。

第四は「官能性」。

女性の姿を非常に艶やかに描きます。しかし単純な写実的美人画ではありません。着物、髪、手、視線などを組み合わせ、人物そのものよりも「物語の中の女性」を描いています。

第五は「古典と現代の融合」。

これこそ岡田嘉夫の最大の特徴です。

源氏物語、百人一首、落窪物語、歌舞伎など古典的な題材を扱いながら、絵そのものは非常に現代的です。

そのため、古典を知らない人でも「絵」として楽しめる。そして古典を知っている人には、別の意味が見えてくる。この二重構造が岡田作品の魅力です。

9.講談社出版文化賞と評価

岡田嘉夫は1973年に講談社出版文化賞を受賞しています。これは出版物の挿絵・装丁・デザインなど、出版文化への貢献を評価する賞です。

この受賞は、岡田が単なる「本の挿絵を描く人」ではなく、文学作品と視覚芸術を結びつける存在として評価されていたことを示しています。

また、岡田の作品を見た岩田専太郎がその独特な芸術性を高く評価したという逸話も残っています。岡田芸術は、既存の日本画や挿絵の枠に収まらない「綺想」の世界だったのです。

10.骨董・美術の視点から見た岡田嘉夫

骨董屋の目線から岡田嘉夫を見ると…

岡田の作品は、いわゆる「古美術や骨董品」ではありません。しかし、彼が取り入れたものの多くは、浮世絵、美人画、絵巻、琳派的な装飾性、歌舞伎など、日本の古い視覚文化です。古いものをそのまま模倣するのではなく、古い日本の美意識を一度自分の中に取り込み、それを現代の絵として吐き出した画家なのです。

この意味では、江戸の浮世絵師たちが当時の庶民文化を絵にしたのと、岡田嘉夫が現代の出版文化を舞台に絵草紙を作ったことには、非常に似たところがあります。だからこそ「現代の浮世絵師」という呼び名が生まれたのでしょう。

紙草紙源氏物語とあります/骨董品の買取は福岡玄燈舎
紙草紙源氏物語とあります

 

 

参考サイト

ヤマネアートプランニング

国立新美術館「アートコモンズ」

■その他の買取品目

 

★骨董品買取の福岡玄燈舎では古美術品の他、アンティークや掛軸、茶道具、書道具、絵画、仏像、勲章、中国陶磁、甲冑など多彩な骨董品を査定買取しております。お見積りだけでも構いませんのでお気軽にご相談ください。

★無料出張エリアはコチラです

■骨董品買取の福岡玄燈舎

〒818-0068 福岡県筑紫野市石崎2-6-25A

☎050-3569-2100

【電話受付】9:00~19:00

【店舗営業】不定休の為、お問い合わせください。

★古物商許可証 第909990038581