
福岡市中央区でラドーのアンティーク腕時計を買取りました!

★写真はtremolo3247@gmail.com若しくはLINEからお願いします。
◇福岡では、そろそろお盆休みというものが近づいてきたらしい。
「らしい」というのは、私ども骨董屋にとって、お盆というものが世間一般の人々ほど重要な行事ではないからである。
もちろん、ご先祖様を敬う気持ちはある。墓参りにも行く。仏壇にも手を合わせる。そういう日本人としての最低限の礼儀は心得ているつもりだ。
しかし、世間の皆様が「今年のお盆はどこへ行こうか」「孫たちはいつ帰ってくるのか」「渋滞は大丈夫だろうか」などとソワソワし始めても、我々骨董屋はさほどソワソワしない。 なぜなら、我々が本当にソワソワするのは、目の前にお宝が現れたときだけだからである。
それ以外のことには、案外、鈍感な生き物なのだ。 「今年のお盆は九連休です」 などとニュースで言われても、 「ほう……」 で終わる。
「高速道路は大渋滞が予想されます」 と聞いても、 「なるほど……」 で終わる。
しかし、 「祖父の家から古い箱が出てきまして……」 などと電話がかかってくると、 「それはどんな箱でしょうか!」 と、急に血圧が上がる。
人間、何に興味を持つかで、ずいぶんと生き方が変わるものだ。
そんな、世間が盆休みの計画を立て始めたある日のこと、一本の骨董品買取の依頼が入った。
場所は福岡市中央区。 福岡のど真ん中である。 中央区といえば、福岡市の中でも人間が多い。ビルも多い。マンションも多い。車も多い。
そして、なぜか私どものような骨董屋も多い。 そんな中央区のマンションからの依頼だった。
電話の話によると、どうやら「骨董品と呼べるような古いものはあまりない」とのこと。 この言葉を聞いた瞬間、私の心は少しだけ沈んだ。
「古いものはないんです」 この一言ほど、骨董屋にとって微妙なものはない。
しかし、その直後に、 「ただ、古銭や切手、プラモデル、鉄道模型、それから古い腕時計なんかがあります」 と続いた。
私は少しだけ姿勢を正した。 人間というものは現金なものである。
「骨董はありません」 と言われれば、 「そうですか」 と帰りたくなる。
ところが、 「古銭があります」 と言われた瞬間、 「それはぜひ拝見しましょう」 となる。 「プラモデルもあります」 と聞けば、 「ほう、それは面白いですね」 となる。 「鉄道模型もあります」 となると、 「かなりありますか?」 と、こちらから聞いてしまう。
そして最後に、 「古い腕時計もあります」 と来た。 もう完全に帰る気はなくなった。 骨董屋とは、なんとも分かりやすい人種である。
さて、現地に到着すると、マンションの一室に案内された。 お盆前ということで、街にはどこか浮き足立った空気が漂っている。
しかし私どもは浮き足立ってはいない。 足元にはしっかり気をつけている。
なにしろ、古いものを運ぶ仕事だから、転んでしまえばお盆どころか、そのまま病院送りになってしまう。
さて、部屋に入ると、最初に出てきたのは古銭だった。
箱の中から次々に出てくる。 寛永通宝。 天保通宝。 いわゆる古銭の定番中の定番である。
古銭の査定をしていると、ときどき、 「これは江戸時代のものだから高いでしょう?」 と聞かれる。
確かに江戸時代のものだ。 しかし、江戸時代というだけで、すべてが高価になるなら、骨董屋という商売はもっと楽である。
江戸時代の人が使ったものなら何でも高価。 明治時代ならそこそこ高価。 昭和なら安い。
そんな簡単な話ではない。 古銭にも人気があり、希少性があり、保存状態がある。
同じ寛永通宝でも、山ほど残っているものもあれば、珍しいものもある。 天保通宝だって、種類によって価値は変わる。
ところが、今回の古銭は残念ながら状態があまりよろしくない。
長い年月を生き抜いてきたのは立派だが、どうも途中で何度も人間にいじられたらしい。
汚れもある。 傷もある。 摩耗もある。 古銭というのは、古いから価値があるのではなく、古いものが良い状態で残っているから価値が出る場合が多い。 人間も同じかもしれない。 年齢だけ重ねても、それだけでは立派な人物にはならない。 できれば古銭のように、傷や汚れを味として認めてもらいたいところだが、残念ながら人間の場合は、シワや白髪が増えるほど、周囲からは「お疲れですね」と言われる。 なんとも世知辛い。
古銭の次に出てきたのは、明治時代の銀貨や古い紙幣だった。
これもまた、歴史を感じさせるものではある。 明治の銀貨などは、手に取ると「日本もずいぶん長いことやってきたな」と思わせる重みがある。
しかし、こちらも状態が今ひとつ。 紙幣はさらに厳しい。 しわがある。 折れている。 少し汚れている。 いや、少しどころではない。
長い人生を歩んできた証拠なのだろうが、紙幣の場合、人生経験が豊富すぎると査定額が下がる。 これは人間社会とは逆である。
会社員なら「経験豊富ですね」と評価される年齢でも、古紙幣になると、 「う~ん、状態がねえ……」 となる。
古いものの世界では、苦労したことが必ずしも勲章にはならない。 むしろ、誰にも触られず、湿気にも負けず、虫にも食われず、暗い箱の中で静かに眠っていたもののほうが高く評価される。 考えてみれば、ずいぶん不公平な話である。
世の中の人間は、外へ出て働けと言われる。 古い掛軸は、外へ出してはいけないと言われる。 人間は日光浴をすると健康になる。
古美術品は日光に当てると傷む。 人間は汗をかけば運動したことになる。 古美術品は湿気があればカビが生える。
どうやら人間と骨董品は、長生きの方法がまるで違う。
そんなことを考えながら査定を続けていると、次に出てきたのがプラモデルと鉄道模型だった。
ここで少し空気が変わった。 プラモデルというと、一般の方からすれば、 「子どものおもちゃでしょう」 ということになる。
しかし、骨董屋の世界では、子どものおもちゃが大人の財布を狙ってくることがある。
特に古いプラモデルには、現在では製造されていないものや、人気メーカーの初期製品、限定品などがある。
箱の状態が良ければ、なおさらだ。 今回もいくつか興味深いものが見つかった。
鉄道模型も同じである。 鉄道模型を見ていると、人間というものは不思議なものだと思う。
実際に鉄道に乗れば、目的地へ行ける。 しかし、鉄道模型はどこへも行かない。 線路の上をグルグル回るだけだ。 それなのに、何十年も前の模型になると、欲しがる人がいる。 そして我々骨董屋は、それを見て値段をつける。 考えてみれば、実に平和な商売である。 世界では戦争をしている国もあるというのに、こちらでは、 「この機関車は古いですね」 「こちらの車両は珍しいですね」 などと言いながら、小さな列車を眺めている。
しかし、そんな小さな模型にも、持ち主の人生が詰まっている。 子どものころに買ったもの。 父親から譲ってもらったもの。
給料を貯めて買ったもの。 鉄道模型は、ただの模型ではない。 その人が生きてきた時間そのものなのだ。 だからこそ、売却の場面では少し寂しそうな顔をされる方もいる。 だが、我々は買う。 商売だから仕方がない。 思い出は買えないが、模型なら買える。
これもまた、骨董屋という商売の少し複雑なところである。

そして最後に登場したのが、腕時計だった。 ここで私は少しだけ期待した。 箱の中から出てきたのは、セイコー、シチズン、そしてラドー。
昭和40年代を中心とした古い腕時計である。 ロレックスはない。 オメガもない。 パテック・フィリップもない。
しかし、私はそれでいいと思った。 骨董屋というものは、いつでもロレックスを探しているわけではない。
むしろ、こういうところに面白いものが眠っている。 セイコーの古い時計を手に取る。
文字盤を見る。 ケースを見る。 裏蓋を見る。 機械の状態を見る。 長い年月を経た時計には、それぞれの人生がある。
昭和40年代といえば、日本が高度経済成長を続けていた時代だ。 サラリーマンが腕時計をして会社へ行く。 給料をもらって時計を買う。
そんな時代の空気を、古いセイコーやシチズンは今も静かに残している。 そしてラドー。 これがまた面白い。
ラドーといえば、傷に強い時計、そしてハイテクセラミックで有名なスイスのメーカーである。
1960年代以降、未来的なデザインの時計を次々と生み出してきた。 今回の時計も、古いものではあるが状態が良い。
ケースも比較的きれい。 文字盤も悪くない。 何より、長い年月を経た時計が、ちゃんと動こうとしている。
人間ならとっくに定年を迎えている年齢なのに、時計はまだ働く。 しかも文句を言わない。 これは立派である。
我々人間は、少し働いただけで、 「今日は疲れました」 「もう若くありません」 などと言う。
時計は何十年も働き続けても、ただ黙って針を動かしている。 骨董屋としては、見習わなければならない。
ただし、時計の査定をしている私の横で、相方が、 「でも、これ動いてます?」 などと聞いてくる。
私は答えた。 「時計なんだから動くでしょう」 「いや、古いから止まってるかもしれませんよ」 「じゃあ、人間も古くなったら止まるのか?」
「……」 相方は黙った。 どうやら余計なことを言ったらしい。 古い時計を見ながら、人間の寿命の話をする骨董屋ほど縁起の悪いものはない。
ともあれ、今回の時計は状態も良く、セイコー、シチズン、ラドーと、それぞれに面白いものが揃っていた。
古銭は残念ながら状態の問題で大きな金額にはならなかった。 紙幣も同じ。
しかし、プラモデルや鉄道模型には思いがけないレアものがあり、そこそこの評価ができた。
そして最後の腕時計が、今回の査定を大いに助けてくれた。
まったく、人生というものは分からない。 「これは高いだろう」 と思ったものが安く、 「こんなものに値段がつくのか」 と思ったものに値段がつく。
骨董品の世界ほど、人間の予想を裏切る世界はない。 だから面白い。 だからやめられない。 今回も無事に買取が成立した。
お客様にも喜んでいただけた。 私どもも、なんとか手ぶらで帰らずに済んだ。
外へ出ると、福岡の街は相変わらず暑かった。 世間では、お盆休みに向けて旅行の計画を立てたり、帰省の準備をしたりしている。
皆さん、忙しそうである。 私はといえば、今日も骨董品を買った。 そして、また次の骨董品を探して帰る。
盆休みだろうが、正月だろうが、台風だろうが、猛暑だろうが、骨董屋の生活は大して変わらない。
目の前にお宝があればワクワクする。 なければワクワクしない。 実に単純な人生である。
しかし、考えてみれば、これほど幸せなこともない。 何十年も前の古銭を眺め、 古い紙幣のシワを数え、 プラモデルの箱を開け、 鉄道模型の車両を眺め、 昭和の腕時計を手に取る。 そして、 「これはいくらになるだろう」 と考える。
世間の皆さんが、お盆に何を食べるかで悩んでいるころ、私どもは古銭の値段で悩んでいる。
世間の皆さんが、どこへ旅行するかで悩んでいるころ、私どもはラドーの古時計を眺めている。
どちらが幸せかは分からない。 ただ一つ言えることは、骨董屋は今日も元気である。
お宝さえ目の前にあれば。 それさえあれば、暑さも忘れる。 いや、忘れはしない。 暑いものは暑い。 しかし、それでも行く。
骨董屋とは、そういう生き物なのである。 ではまた。 次のお宝が、どこかの押し入れで我々を待っていることを願いながら……。 :::
買取品の詳細

◇この「ラドー腕時計」は時代の割には状態の良いもので現状でもしっかりと動いています。メンテナンスは施しておりませんが普段使用でもガンガン使っていただければ幸いです。ありがとうございました。
買取査定額


◇アンティーク腕時計の買取査定額もしくは評価額ですがメーカーや状態、そして人気のシリーズかどうか、ほかにはケースやギャランティーがあればより高価買取&できます。ご自宅にアンティークの腕時計が御座いましたら一度拝見させてください。もちろん状態や時代、メーカー、作品でもお値段は変わりますのでご了承ください。
■過去の作品買取例

RADO 金無垢クオーツ700,000円
RADO ラドー jubile 400,000円
RADO ラドー Captain Cook 250,000円
ラドー シンプロン K18WG 150,000円 他多数
ラドーとは?
スイスの時計メーカー、Rado(ラドー)は、ロレックスやオメガのように「伝統的な高級機械式時計」の王道を歩んできたブランドとは少し違います。ラドーを語るうえで最も重要なのは、時計にどのような素材を使い、どのようなデザインを与えるかという発想です。特にハイテクセラミックをはじめとする先端素材の開発と採用で知られ、「マテリアルの名匠(Master of Materials)」とも称されています。1917年創業という長い歴史を持ちながら、常に未来的なデザインと素材技術を追求してきた、非常に個性的なスイス時計ブランドです。
ラドーの発祥――1917年、スイス・レングナウから
ラドーの歴史は1917年、スイスの時計産業の中心地の一つであるレングナウで、シュルップ家の三兄弟が創業したSchlup & Co.(シュルップ・アンド・カンパニー)に始まります。当初から「ラドー」という完成時計ブランドだったわけではなく、時計のムーブメントなどを手掛ける時計製造会社として発展しました。
第二次世界大戦後には時計ムーブメントの有力な生産者となり、スイス製時計の品質を支える企業へと成長します。そして1950年代に入り、自社ブランドとして「Rado」の名を冠した時計を積極的に展開するようになりました。
「Rado」という名称は、スイスの公用語の一つであるドイツ語などから生まれたものではなく、エスペラント語で「車輪」を意味する言葉に由来すると、ラドー自身が説明しています。時計という小さな機械を通して、未来へ回転し続けるブランドの姿勢を象徴するような名前ともいえるでしょう。
1950年代後半には「Golden Horse」「Green Horse」などのモデルが登場します。これらは高い防水性を備えたスポーティーな時計として人気を集め、ラドーというブランドの基礎を築きました。今回の買取品もゴールデンホースでした。
1962年――「傷がつきにくい時計」という革命
ラドーの歴史における最大の転換点の一つが、1962年に発表された**DiaStar(ダイヤスター)**です。
当時の腕時計は、ケースにステンレススチールなどの金属を使うのが一般的でした。しかしラドーは、耐久性や耐傷性という問題に正面から取り組み、硬質なハードメタルとサファイアクリスタルを組み合わせた革新的な時計を開発しました。
「世界初のスクラッチプルーフ・ウォッチ」として知られるダイヤスターは、その名前の通り、日常使用で時計ケースに傷がつくことを極力防ぐという画期的な思想を持っていました。
しかも、その外観は従来の時計とは大きく異なります。流線形で大胆なケースデザインは、1960年代の未来志向をそのまま腕時計にしたような印象です。ラドーにとってダイヤスターは単なるヒット商品ではなく、「素材技術とデザインを一体化させる」というブランド哲学を確立した時計だったといえるでしょう。
現在でもダイヤスターはラドーを代表するシリーズとして続いており、ヴィンテージ時計の世界でも独特の存在感を放っています。一般的なスイス製アンティーク時計とは異なり、ラドーの古い時計には「未来的なデザイン」という、少し不思議な魅力があるのです。
1962年――もう一つの名作「キャプテンクック」
同じ1962年、ラドーはブランド初のダイバーズウォッチとして**Captain Cook(キャプテン クック)**を発表しました。
当時はダイビングや海洋探検が世界的に注目され、各時計メーカーが防水性能を競っていた時代です。ラドーもこの流れに対応し、回転ベゼルを備えた本格的なスポーツウォッチを送り出しました。
オリジナルのキャプテンクックは、現在のモデルとは趣が異なり、比較的小ぶりでヴィンテージ感の強いデザインが特徴です。ラドーの象徴である「錨」のマークも、この時代のブランドイメージを強く印象づけました。
長い間、キャプテンクックはラドーの歴史の中で重要な存在でありながら、ダイヤスターやセラミック時計ほど一般的には知られていませんでした。しかし2017年、誕生55周年を機に現代的なモデルとして復活。現在ではラドーを代表する主力シリーズの一つになっています。
現行のキャプテンクックは、1960年代のヴィンテージ感を残しながら、自動巻きムーブメントやセラミック製ベゼルなど現代的な技術を融合させています。ラドーの中では比較的「普通の機械式時計」に近い姿をしていますが、そこにセラミックなどの独自素材を組み合わせることで、ラドーらしさを保っています。
1986年――ハイテクセラミックの時代へ
ラドーの名声を決定的なものにしたのが、1986年の**Integral(インテグラル)**です。
この時計は、ハイテクセラミックをケースやブレスレットに本格的に採用した先駆的なモデルでした。ハイテクセラミックは軽量で傷がつきにくく、金属アレルギーを起こしにくいという利点もあります。
何より特徴的なのは、ケースとブレスレットが一体化したようなデザインです。単に「金属の代わりにセラミックを使った」のではなく、素材の特性をデザインそのものに反映させています。
このインテグラルの成功は、後のラドー製品に大きな影響を与えました。ラドーは「時計を金属で作る」という従来の常識から離れ、セラミックを時計の主役へと押し上げていったのです。
1990年代――「Ceramica(セラミカ)」の登場
インテグラルの思想をさらに発展させたのが、1990年に登場した**Ceramica(セラミカ)**です。
ケースだけでなく、ブレスレットやリューズまでハイテクセラミックを用いた、非常に未来的なデザインが特徴です。角型のケースと滑らかなセラミックブレスレットを組み合わせた姿は、従来の機械式腕時計とはまったく異なるものでした。
セラミカは、ラドーを「セラミック時計のメーカー」として世界的に認知させた代表作です。
また1990年代には、金属とセラミックの特性を融合した**Ceramos(セラモス)**も開発されました。ラドーはこうした新素材を積極的に時計に取り入れ、単なる装飾素材としてではなく、ケースやブレスレットの構造そのものに活用していきます。
2002年――「V10K」と超高硬度素材
21世紀に入ってからも、ラドーの素材開発は続きます。
2002年に発表されたV10Kは、その象徴ともいえる時計です。
このモデルは「ハイテクダイヤモンド」と呼ばれる特殊な表面処理技術を採用し、10,000ビッカースという極めて高い硬度を実現したモデルとして知られています。
ダイヤモンドそのものを時計ケースにしたわけではありませんが、ダイヤモンドに匹敵する硬度を持つ表面処理によって、耐傷性を極限まで高めるという発想です。
ダイヤスターから始まった「傷に強い時計」という思想が、21世紀の技術によってさらに進化したモデルといえるでしょう。
現代の代表シリーズ
現在のラドーを代表するシリーズを挙げるなら、次のようになります。
1.Captain Cook(キャプテンクック)
ラドーの現代的な人気を支える代表的なダイバーズウォッチです。
1962年のオリジナルモデルをルーツとし、2017年以降、現代的な機械式時計として再構築されました。
特徴は、ヴィンテージ感のあるケースデザインと、回転ベゼル、ドーム型風防などのクラシックな要素です。近年はハイテクセラミックを取り入れたモデルやクロノグラフなどにも展開されています。
ラドーの中で「伝統的な時計らしさ」と「革新的な素材」の両方を楽しみたい人には、最も分かりやすいシリーズでしょう。
2.DiaStar(ダイヤスター)
ラドーの歴史を象徴する時計です。
1962年に登場した初代モデル以来、特徴的なケース形状と高い耐傷性を追求してきました。一般的なクラシック時計とは異なる、独特の未来的デザインが魅力です。
特にヴィンテージモデルは、1960~70年代の「未来」を想像したデザインがそのまま残っており、現在見ると逆に非常に新鮮です。
3.Integral(インテグラル)
1986年に登場した、ラドーのハイテクセラミック時代を切り開いたシリーズです。
ケースとブレスレットが一体化したような造形が最大の特徴で、薄型で洗練された外観を持っています。
ラドーのセラミック時計の歴史を理解するうえでは、非常に重要なモデルです。
4.Ceramica(セラミカ)
ラドーを代表する角型時計です。
ケース、ブレスレットなどにハイテクセラミックを用い、シャープで建築的なデザインを持っています。
特に1990年代以降の時計デザインを象徴する存在であり、機械式時計というよりも「身に着けるデザイン作品」としての魅力が強いシリーズです。
5.True / True Thinline
現代ラドーを代表するセラミック系コレクションです。
特にTrue Thinlineは薄型で軽量なハイテクセラミックを活かしたモデルで、ラドーの素材技術とミニマルなデザインを端的に表現しています。
ラドーの時計は、単に「高級時計だから重い」という価値観とは正反対に、軽く、滑らかで、傷に強く、長時間身につけやすいという方向へ進化してきました。

■参考サイト

■その他の買取品目
★骨董品買取の福岡玄燈舎では古美術品の他、アンティークや掛軸、茶道具、書道具、絵画、仏像、勲章、中国陶磁、甲冑など多彩な骨董品を査定買取しております。お見積りだけでも構いませんのでお気軽にご相談ください。












































