玉の香炉買取りました!
玉の香炉買取/福岡・骨董品…福岡市南区で中国の玉の香炉や置物、七宝の壷や書道具、掛軸を買取りました。香炉には翡翠や田黄石、白玉などの高級な玉のものもあり高価買取させて頂きました。ありがとうございました。玉は中国では美しい石、宝石の総称で、古くから実用品や装飾等の材料として用いられてきました。 玉の玉彫工芸は今でも中国の工芸品の重要な位置をしめています。
また、玉の中でも特に翡翠が珍重されたことから、玉は翡翠の意味としても使われてきました。中国では美しい石を総称して『玉』と呼びます。翡翠(ひすい)琥珀(こはく)真珠(しんじゅ)瑠璃(るり)瑪瑙(めのう)珊瑚(さんご)など。王偏(おうへん)が付く漢字ばかりで、これらも「玉」だったとされます。最高の玉は翡翠ですが、硬玉(ジェダイド)と軟玉(ネフライト)と言う名前に分かれており、これらは簡単にモース硬度と言われる鉱石の硬さを分ける尺度で区分けされます。有名な産地は中華人民共和国新疆ウイグル自治区ホータン地区で出土す和田玉が有名です。また玉でも古いものは古玉(こぎょく)と呼ばれ翡翠などの玉で作られた中国の工芸品のうち、一般に、秦および漢より前に作られた物をいい、古い物は興隆窪文化や紅山文化など新石器時代にまで遡ります。動物や人間、竜などの神格や、雷紋などの呪術的なシンボルを象った物が多く、宗教的な意味合いが深い物であったと考えられています。そしてその後、蒐集を目的として作られた工芸品を倣古玉と呼ばれています。
倣古玉が作られた歴史は14世紀、明の時代にまで遡り、それ自体が十分古い物もあります。一般に、玉の原石を彫刻した後、土中に埋めたり薬品で処理するなどして時代を偽る工夫がされているといわれます。精巧に作られた倣古玉の中には、本物の古玉と鑑定が難しい物も少なくないとのことです。現在は、市場に出回っている古玉の9割が倣古玉であると言われているそうです。
★日本における翡翠とは…
日本における翡翠は、古くから神秘的な力を持つ宝石として珍重されてきました。その硬度と美しい緑色は、権威や永遠の象徴とされ、装飾品や祭祀用具などに使用されてきました。
〇著名な産地
日本国内で翡翠の産地として有名なのは、以下の2つです。
- 糸魚川市(新潟県): 世界でも珍しい硬玉(ジェダイト)の産地として知られています。海岸で採取される翡翠は「糸魚川翡翠」と呼ばれ、深い緑色や青みがかった色合いが特徴です。
- 大津市(滋賀県): 古代から採掘されていた蛇紋岩の中に、翡翠が脈状に含まれています。この翡翠は「大津翡翠」と呼ばれ、糸魚川翡翠よりも硬度が低く、様々な色合いが見られます。
〇国立博物館に収蔵されている翡翠の美術品
日本の国立博物館には、数多くの翡翠の美術品が収蔵されています。以下は、その代表的な例です。
- 勾玉(まがたま): 縄文時代から古墳時代にかけて作られた、勾玉形の装飾品。糸魚川翡翠や大津翡翠で作られたものが多く、権威や呪術的な意味合いを持っていたと考えられています。
- 管玉(くだたま): 勾玉と同様に、縄文時代から古墳時代にかけて作られた装飾品。筒状の形をしており、首飾りなどに使用されていました。
- 玉斧(たまおの): 祭祀用具として使用されていた斧型の石器。翡翠で作られたものは権威の象徴とされ、王や首長などが使用していたと考えられています。
- 刀子(とす): 古代日本で使用されていた短刀。刀身は金属製ですが、柄の部分に翡翠が使用されているものがあります。
これらの美術品は、古代日本の文化や信仰を知る上で貴重な資料となっています。
〇日本の翡翠文化
日本の翡翠文化は、縄文時代に始まり、弥生時代、古墳時代を経て、現代まで続いています。それぞれの時代において、翡翠は様々な形で人々の生活に深く関わってきました。
近年では、糸魚川市で翡翠の原石を拾うことができる海岸が観光地として人気を集めています。また、翡翠を使ったアクセサリーや雑貨なども販売されており、多くの人々に親しまれています。日本の翡翠は、単なる宝石ではなく、日本の歴史と文化を体現する存在です。その神秘的な魅力は、これからも多くの人々を魅了し続けると思います。ありがとうございました。
骨董品買取の福岡玄燈舎では中国の玉の香炉や玉器を買取ります。お見積りだけでも構いませんのでお問い合わせください。福岡県内は無料出張査定致します。
■その他の買取品目
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