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福岡市東区で龍笛を買取りました!
福岡の秋は足が早い。
ついこの前まで「暑い、暑い」と言っていたと思ったら、街を歩けばもう年末の気配である。デパートなどでは、おせち料理の予約受付が始まり、まだ紅葉すら本気を出していないというのに、世間様はもう正月の算段である。
「少し早すぎやしませんか」
と、こちらが心配するほど世間は先を急ぐ。
しかし我々、骨董屋という人種は、そう簡単には世間の流れについて行かない。
いや、正確に言えば「ついて行けない」のではなく、「ついて行こうとしない」。
世間様が師走に向かってアクセルを踏み込んでいる横で、骨董屋は縁側で茶でもすすりながら、
「まあ、年末はそのうち来るでしょう」
などと呑気なことを言っている。
そもそも骨董屋という商売、朝から晩まで額に汗して働けば儲かるという、たいへん分かりやすい職業ではない。
品物が来なければ仕事にならない。
お宝がなければ目も輝かない。
そして何より、本人にやる気がなければ、どうにもならない。
だから我々は「無理をしない」という大義名分のもと、実に悠々自適に毎日を過ごしている。
ところが、である。
一本の電話が鳴る。
「骨董品がいろいろあるんですが、見てもらえませんか」
この一言を聞いた途端、それまで縁側の猫より動きの鈍かった骨董屋のオヤジが、突然別の生き物になる。
「どちらですか?」
「福岡市東区です」
「はい、すぐ伺います!」
さっきまで「秋はいいねえ」などと言っていた男が、いきなり立ち上がる。
世間様には「働き者」に見えるかもしれない。
しかし実態は単純である。
「お宝があるかもしれない」
ただ、それだけである。
人間というもの、欲が絡むと恐ろしく機敏になる。
健康のために歩きましょうと言われても一歩も動かない男が、骨董品の話になると福岡市内を縦横無尽に走り回る。
医者に言わせれば運動不足。
家族に言わせれば呆れ果てる。
本人に言わせれば「仕事」である。
今回は福岡市東区のお客様からの骨董品買取。
秋の風が少しばかり涼しくなった福岡の街を、相方とともに車を走らせる。
世間では、おせちの予約だ、年賀状だ、クリスマスだと、すでに年末商戦に突入している。
こちらはといえば、
「何かいいものがあるといいなあ」
という、極めて個人的な欲望を乗せて東区へ向かう。
家に到着して品物を拝見すると、掛軸、煎茶道具、中国銅器など、なかなか面白いものが出てくる。
こういう時だけ、骨董屋の目は妙に鋭い。
普段は老眼鏡を探しているくせに、古い箱書きや落款を見るときだけは、まるで鷹の目になる。
「これは……」
「おっ、これは……」
などと独り言を言いながら、一点ずつ品物を確認していく。
しかし骨董屋というものは不思議なものである。
良いものが出てくると嬉しい。
だが、あまりにもたくさん出てくると、今度は値段のことで頭を抱える。
「これは欲しい」
「でも高い」
「いや、しかしこれは逃したくない」
「でも商売だからなあ」
そんな心の中の会議を一人で開催しながら、顔だけは平静を装う。
骨董屋の査定とは、品物を見る仕事であると同時に、自分の欲望を隠す仕事でもある。
「いやあ、これはなかなかですね」
などと涼しい顔をしているが、腹の中では、
「頼むから売ってくれ!」
と叫んでいる。
今回も、そんな品々の中から買取させていただいた。
中でも目に留まったのが李朝の掛軸である。
李朝のものというだけで、こちらの心は少し浮き足立つ。
さらに尺八があり、薩摩の茶器もある。
こうなると、さっきまで「年末なんかまだ先だ」と言っていた男が、頭の中ではもう年末どころか、その先の商売のことまで考えている。
実に現金なものである。
人間、夢を見るのは自由である。
ただし骨董屋の場合、その夢のほとんどが「いくらになるか」で構成されている。
無事に品物を買い取らせていただき、店へ戻る。
世間では夕食の支度やら、おせちの注文やらで忙しくしている頃だろう。
こちらは買い取った品物を並べて、一人で眺めている。
尺八と後ほど説明する龍笛

薩摩の茶器。
「うん……いいな」
誰に聞かせるわけでもない。
誰かに褒めてもらいたいわけでもない。
ただ、一人でニヤニヤしている。
はたから見れば、少々危ないオヤジである。
家族から見れば「また始まった」。
猫から見れば「どうでもいい」。
それでも本人は満足している。
骨董屋という商売は、世間様のように「今年もあと三か月」と焦る必要もない。
昨日より今日、今日より明日と、少しずつ品物を集め、少しずつ楽しみ、少しずつ酒を飲む。
そして、たまに良いものが出れば、一人で喜ぶ。
これほど経済効率の悪い幸福も珍しい。
世間では「人生を豊かにするには趣味を持ちましょう」などと言う。
我々の場合、趣味と仕事の境目がすでに崩壊している。
仕事をしているのか、趣味をしているのか。
はたまた、趣味を仕事と呼んでいるのか。
本人にもよく分からない。
ただ一つ分かっていることがある。
電話が鳴れば飛んでいく。
そこに骨董品がある限り、我々は意外とフットワークが軽い。
そして帰ってきたら、買い取った品物を眺めながら晩酌をする。
世間が正月へ向かって走り出しても、骨董屋は骨董屋の速度で進む。
尻に火がつかなければ動かない。
しかし、お宝の気配がすれば尻から火がつく。
なんとも分かりやすく、なんとも悲しい生き物である。
福岡の秋は早い。
だが、骨董屋の欲もまた早い。
おせちの予約より早く、正月より早く、そして家族の理解より早く――。
今日もまた、どこかに眠っている「最後のお宝」を探している。
そんな自分の姿を、店の隅から猫が冷たい目で見ている。
「お前、いつまでやるんだ?」
そう言われているような気がする。
もちろん答えは決まっている。
「いいものが出るまでだ」
……たぶん、死ぬまでやっている。
ではまた……。
買取品の詳細

◇この「龍笛」は時代のある状態の良い龍笛であめ色に焼けていていい味を出しています。ダメージも割れや欠け、竹巻の解れなどもなくすぐに演奏ができそうな龍的でした。」特筆はサイズでこのような手のひらサイズは珍しいと思います。ありがとうございました。
買取査定額


◇古い龍笛の買取査定額もしくは評価額ですがつくりや時代、状態や蒔絵の有無、ほかには刻印や共箱などあればより高価買取&できます。ご自宅に龍笛や尺八が御座いましたら一度拝見させてください。もちろん状態や時代、作者、作品でもお値段は変わりますのでご了承ください。
■過去の作品買取例

鈴木直人作 樺巻 龍笛 400,000円
能管煤竹丸管桜樺巻 龍頭 300,000
能管 春日野蒔絵筒 250,000円
本煤竹 鬼樺巻き 龍笛 200,000円 他多数
龍笛とは?
龍笛の歴史・発祥と代表的な工房・作家…
龍笛(りゅうてき)は、日本の雅楽を代表する横笛の一つである。竹製で全長約40センチ、歌口(吹き口)と七つの指孔を持ち、笙(しょう)、篳篥(ひちりき)とともに「三管」の一つに数えられる。雅楽の合奏では、篳篥が主旋律を奏するのに対して、龍笛はその旋律を上下に大きく動きながら装飾し、独特の華やかで力強い響きを生み出す。文化庁の文化遺産資料でも、龍笛は「大陸伝来の横笛」と説明されている。
1.龍笛の発祥と日本への伝来
龍笛の直接的な起源を一つの地域や人物に求めることは難しい。古代の横笛は中国大陸だけでなく、中央アジアや朝鮮半島など広い地域に存在し、それらの音楽文化が東アジアの交流の中で伝わったと考えられている。
日本の雅楽は、日本古来の音楽に加え、5~9世紀を中心に中国大陸や朝鮮半島などから伝来した音楽・舞を取り入れ、日本独自の形へ整理されたものである。龍笛もその大陸系の音楽文化の中で日本へ伝わり、特に唐楽の重要な楽器として定着した。
奈良時代の姿を知るうえで重要なのが正倉院である。正倉院には8世紀の横笛が残されており、現在の龍笛につながる古い横笛の存在を確認できる。奈良時代の横笛は現在の龍笛より素朴な構造だったとされ、竹製のものだけでなく、象牙や石で作られたものも残されている。
平安時代になると、日本の雅楽は宮廷文化の中で整理・洗練され、龍笛も現在に近い形へ発展していった。平安前期の雅楽家・尾張浜主(おわりのはまぬし)は、伝統的に龍笛の祖とされる人物として知られている。
2.なぜ「龍」の笛なのか
「龍笛」という名前には、その音色に対する古代人のイメージが込められている。
龍笛は約2オクターブという横笛としては広い音域を持ち、低い音から高い音まで激しく上下するような旋律を演奏できる。その音が、天と地の間を自在に飛翔する龍の鳴き声にたとえられたことから「龍笛」と呼ばれるようになったと説明されている。雅楽では、笙が「天」、篳篥が「地上の人」、龍笛がその天と地を自由に行き交う「龍」にたとえられることもある。
龍笛は単に旋律を演奏する楽器ではなく、独特の「かけ吹き」などを用いて音を大きく上下させ、雅楽に躍動感を与える。楽曲の冒頭では、龍笛の主管(音頭)が独奏を行ってから合奏に入る曲も多く、龍笛の音色は雅楽を象徴するものとなっている。
3.龍笛の構造と製作
龍笛の素材には主として竹が用いられる。特に内径が音色や音程を左右するため、竹の選定は非常に重要である。現代の製作者の中には、篠竹を使用し、竹の太さや節の状態を見ながら一本一本選別する職人もいる。
古い龍笛には、竹の表面に桜の樹皮を細く巻き付ける「樺巻(かばまき)」が施されたものが多い。これは装飾だけでなく、竹を補強する役割も持つ。鎌倉時代の龍笛として伝わる東京国立博物館所蔵の「横笛」にも樺巻が確認できる。
また、龍笛は製作後にも温度・湿度によって音程や鳴りが変化するため、単純に竹に穴を開ければ完成するものではない。竹の選定、乾燥、管の加工、内径の調整、歌口や指孔の加工、漆塗り、樺や籐による巻き、そして最終的な音の調整まで、高度な経験が必要となる。
4.代表的な工房・作家
現在の龍笛製作を語る上で注目される工房の一つが、富山県高岡市の「新月乃笛」である。幕末から明治期の初代・窪谷新四郎に始まり、龍笛の名手でもあった2代目、3代目・窪谷新顕へと技術が受け継がれ、現在は5代目の松岡正樹氏が「新月」の名を継承している。龍笛だけでなく、高麗笛、能管、神楽笛、篠笛など幅広い笛を製作している。
もう一つ注目したいのが、雅楽器専門の道堂雅楽器工房である。龍笛の製作だけでなく、古い龍笛の修理も手掛けており、煤竹を用いた樺巻龍笛や藤巻龍笛などを製作している。特に古管の修理・調整を通じて蓄積された知識は、現代の龍笛製作を考える上でも重要である。
さらに近年注目されている作り手として、藤脇亮氏が挙げられる。雅楽道友会に関わりながら龍笛の製作・修理を行っており、全国から古い龍笛の修理を依頼され、大名家伝来品や楽家伝来の笛なども手掛けている。藤脇氏は、外観の美しさだけではなく「実際に鳴る楽器」であることを重視している点でも興味深い。
5.現代における龍笛
龍笛は、宮中や社寺の儀礼だけの楽器ではなくなっている。雅楽団体や神社、学校、文化施設などを通じて一般にも演奏機会が広がっている。一方で、良質な竹の確保や、製作技術を受け継ぐ職人の育成は重要な課題となっている。かつて囲炉裏の煙によって自然に煤竹となった竹が入手しにくくなり、現代では人工的な煤加工を施した竹を使うなど、製作者は伝統と現代の環境との間で工夫を重ねている。
2009年には雅楽そのものがユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載されており、龍笛もその雅楽文化を支える重要な楽器である。
このように龍笛は、古代東アジアの音楽文化を背景に日本へ伝来し、宮廷文化の中で独自に洗練され、現在まで約千年以上にわたって受け継がれてきた楽器である。その価値は、古い歴史だけではなく、一本の竹から「音」を生み出す職人技と、演奏家がその楽器を使って伝統を次世代へ伝えていることにある。


■参考サイト

■その他の買取品目
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