
福岡県春日市で尺八を買取りました!

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◇仏様も鐘も運ぶ骨董屋。最後に現れた一本の尺八に救われた秋の一日
秋の夜長というものは、どうにも人間を堕落させる。
虫の音を肴に一杯、名月を眺めてもう一杯。過ぎゆく秋を惜しみながら日本酒を傾けるなどと書けば、いかにも風流人のように聞こえるが、実際は酒を飲むための口実を季節に押し付けているだけである。
春は花見、夏は暑気払い、秋は月見、冬は寒いから熱燗。日本人という民族は、実によくできた飲酒の理由を四季折々に用意している。
なかでも我々骨董屋は、風流と不摂生の境界線を行ったり来たりしている人種である。
世間では骨董屋という商売を、古い壺を眺めながらお茶をすすり、たまに虫眼鏡で掛軸を覗いては「これはなかなか……」などと呟くだけの、実に気楽な稼業と思っている節がある。
とんでもない話だ。
実態は美術商というより引越し屋、いや、時には土木作業員に近い。
大きな屏風を抱え、石仏を持ち上げ、紫檀の家具を二人がかりで階段から下ろす。古い家の二階から巨大な箪笥を運び出す頃には、こちらの魂の方が先に成仏しかけている。
しかも、こうした品物に限って重い。
昔の職人は丈夫な物を作ったと感心するが、もう少し後世の骨董屋の腰にも配慮していただきたかった。
屏風などは見た目こそ優雅だが、風が吹けば帆船のようになる。紫檀の家具に至っては、木材というより鉄の塊である。石仏などは何百年も同じ場所に鎮座していたせいか、こちらが持ち上げようとしても、頑として動こうとしない。
仏様にも少しは協力していただきたいものである。
そして翌朝。
布団から起き上がろうとすると、腰が悲鳴を上げる。肩は上がらず、膝は軋み、背中はまるで古い木造家屋の床板のようにギシギシと鳴る。
骨董品の査定に出かけたはずが、翌日は自分自身の査定が必要になる始末。
もっとも、骨董屋という生き物は実に現金なものである。
目の前に中国の古い掛軸やチベットの仏像、細工の良い銀食器などが現れると、昨日までの腰痛が嘘のように消える。
「おお、これは面白い!」
その瞬間だけは目が輝き、背筋が伸び、足取りまで軽くなる。
医学界では説明のつかない現象かもしれないが、我々の業界では昔からよく知られた症状である。
病名を付けるなら「お宝発見性一過性腰痛消失症」といったところか。
ただし、効き目は極めて短い。
骨董品の買取を終えて帰宅し、風呂に入ったあたりから再び全身が痛み始める。翌朝には昨日の元気がどこへ行ったのか、布団の中で人生を反省することになる。
さて、そんな懲りない骨董屋に、今回も一本の買取依頼の電話が入った。
聞けば、古い家の整理をしているので、長年置いてある骨董品を見てほしいとのこと。
品物の内容を尋ねると、木彫の仏像に大きな柱時計、古い銅の鐘などがあるという。
鐘?電話口で思わず聞き返してしまった。
寺でもない普通の民家に、なぜ鐘があるのだろう。
世の中には骨董品を集める人もいれば、切手を集める人もいる。なかには自宅に鐘まで集める豪傑がいるらしい。
もっとも、我々の商売では、こういう少々常識から外れた収集家のお宅ほど面白いものが出てくる。
世の中、常識ばかりではお宝には巡り会えないのである。
さっそく相方と車を走らせ、お客様のお宅へ向かった。
到着して案内された部屋には、なるほど、なかなかの大物が鎮座していた。
まず目に入ったのが、背丈ほどもありそうな木彫の仏像である。
立派なもので、長年この家の人々を見守ってこられたのだろう。穏やかな表情でこちらを見下ろしておられる。
しかし、私の頭に真っ先に浮かんだのは信仰心でも美術的感動でもない。
「これ、どうやって車まで運ぶんだ?」
まことに罰当たりな骨董屋である。
仏像を前にしても、まず搬出経路を考える。ありがたい御尊顔より、玄関の幅と階段の段差が気になるのだから、我ながら俗物もここに極まれりである。
続いて現れたのが大きな柱時計。
こちらも昔の家にはよく似合う堂々たる姿である。
時計というものは本来、時を知らせるための道具だが、この大きさになると、時刻よりも存在感を知らせることに専念しているようだ。
古い柱時計は何とも味わい深い。しかし、これまた重いファーザークロックだ。
時計の針は軽やかに進むが、運ぶ私の足は一向に進まない。
そして今回の真打ち。部屋の奥に、例の青銅の鐘があった。
いやはや、立派な鐘である。お寺の境内なら何の違和感もないが、普通の住宅の中にあると、どうにも落ち着かない。
家主に尋ねると、以前から家にあったものだという。世の中には先祖代々の土地を受け継ぐ人もいれば、家宝の刀を受け継ぐ人もいる。
こちらのお宅では鐘を受け継いだらしい。財産というものも、なかなか多様である。
しかし、これを持ち帰るとなると話は別だ。
鐘というものは、撞けばゴーンと鳴るが、持ち上げる方はウーンと唸る。
しかも青銅製である。見た目以上にずっしりとしている。
相方と顔を見合わせた。口には出さないが、お互い考えていることは同じである。
「また腰に来るぞ……」とはいえ、そこは商売。
お客様の前では何事もないような涼しい顔をして、品物を一つ一つ査定していく。
骨董屋には演技力も必要なのだ。
本当は腰が抜けそうでも、いかにも慣れた手つきで品物を持ち上げる。心の中では悲鳴を上げながら、顔だけは文化財保護委員のように厳粛である。
査定金額にもご納得いただき、無事に買取成立。さっそく搬出作業に取りかかった。
仏様を丁寧に養生し、柱時計を慎重に運び、最後に鐘を積み込む。
これだけの品物を車に載せると、もはや骨董品の買取というより、小さなお寺の引っ越しである。
仏像に鐘まで揃ったのだから、あとは坊さんさえ乗せれば法事に出かけられそうだ。
ようやく作業を終え、額の汗を拭った。これで本日の仕事も一段落。
そう思ったところで、お客様がふと思い出したようにおっしゃった。
「そういえば、床の間にも古いものが一本あるんですが……」
骨董屋という人種は、この「そういえば」という言葉に弱い。
過去にも何度となく、帰り際の「そういえば」から思わぬお宝が出てきた経験がある。
疲れていたはずの私の目に、再び生気が戻った。
案内された床の間から出てきたのは、一本の尺八であった。

おお、これは!
手に取ってみると、古い竹の風合いが何とも良い。
長い年月を経た竹ならではの落ち着いた色艶。手にしっくりと馴染む姿には、使い込まれた道具だけが持つ独特の味わいがある。
しかも、上質な延管尺八である。延管とは、竹を途中で継がずに一本の竹材を生かして仕立てた尺八のこと。
竹そのものの姿や節の景色が大切にされ、良いものには何ともいえない自然の美しさが宿る。
今回の品は竹の質感も良く、状態も申し分ない。
先ほどまで巨大な鐘を相手に悪戦苦闘していた私にとって、この一本はまさに天からの授かり物である。
仏様はやはり見ておられたのだ。
重い仏像を運んだ功徳が、こんなところで返ってくるとは思わなかった。
もっとも、仏様が私の商売繁盛まで面倒を見てくださるかどうかは、甚だ疑問ではある。
さっそく尺八を丁寧に査定し、納得のいく高価買取金額を提示した。
お客様も予想以上の金額だったようで、大変喜んでくださった。「そんなに価値があるものなんですね」
そう言われると、こちらも嬉しい。骨董品というものは、大きければ高いというものではない。
あれほど堂々たる仏像や鐘を前に汗だくになっていた私が、最後には細長い竹一本に救われたのである。
世の中、何が福を呼ぶか分からない。
人間も同じかもしれない。声が大きく、態度も大きい人物が必ずしも立派とは限らない。黙って隅に座っている人の方が、案外いい仕事をするものだ。
骨董品もまた然り。
大きな鐘は誰にでも存在を知らせるが、良い尺八は静かにその価値を語る。
もっとも、我々骨董屋は、その静かな声を聞き逃すまいと、いつも目を皿にしているのだが。
こうして今回の買取も無事終了。
お客様には喜んでいただき、こちらも良い品物を譲っていただいた。実にありがたい一日であった。
帰りの車中、相方と顔を見合わせる。
荷台には仏像、柱時計、銅の鐘、そして上質な尺八。
まるで寺の住職が夜逃げでもするかのような積み荷である。
しかし、私の心は軽かった。重い品物を積んだ車とは対照的に、気分だけは秋空のように晴れ渡っている。
今夜は旨い日本酒が飲めそうだ。仏様に感謝し、尺八との出会いに感謝し、鐘の音でも想像しながら一献傾けよう。
ただし、明日の朝にはまた腰が痛むに違いない。
仏様は商売の方では助けてくださったが、どうやら筋肉痛までは管轄外らしい。
骨董屋の煩悩は百八つどころではないが、せめて今夜くらいは除夜の鐘を待たずに酒で清めることにしよう。
もっとも、百八つの煩悩を酒で流そうとすれば、肝臓の方が先に音を上げそうである。
ああ、ありがたや、ありがたや。本日も仏様のおかげで、何とか商売繁盛。
ただし、腰の方は本日をもって臨時休業である。ではまた……。
買取品の詳細

◇この「尺八」は古竹でできておりますが煤竹風の外観になっており状態もとてもよく、古い尺八によくみられる口元の割れなどは見受けられません。この尺八には継ぎ目がない「延管」でとても無骨で味のある男らしい尺八です。作者は「林虎月」というかたで都山流の尺八奏者の様です。竹もとても良いもので時代のある古竹を選んで製作しております。眺めているだけで時代を感じまさに骨董品、美術品的な楽器の一つだと思います。

買取査定額

◇尺八の買取査定額もしくは評価額ですが第一に作者の知名度と時代、次に継ぎ手の材質や古竹のランクや状態、ほかには刻印が複数あればより高価買取&できます。ご自宅に尺八や古い楽器が御座いましたら一度拝見させてください。もちろん状態や時代、作者、作品でもお値段は変わりますのでご了承ください。
■過去の尺八作品買取例

三浦琴童 作 『延 尺八寸管』700,000円
勝也銘 琴古流 尺八 600,000円
虎月 在銘 延べ管 都山流 約57㎝ 250,000円
三浦龍畝 勝也 二ッ印 尺八 150,000円 他多数
「林虎月」とは?
1.林虎月の略歴と人物像
林虎月は、明治時代に京都で活動した尺八製管師です。生年は不詳ですが、没年については明治38年(1905年)頃と伝えられています。
その人物像を知るうえで重要なのが、明暗尺八の名手・谷北無竹が残した記録です。
『對山譜拾遺 明暗三十七世谷北無竹集』には、林虎月が京都の大佛前(現在の東山区、方広寺周辺)に住み、貸物屋を営むかたわら尺八を製作していたことが記されています。
虎月は長身で痩せ型、非常に大きな眼を持つ、少々恐ろしげな風貌の人物だったと伝えられています。しかし、その性格は無口で正直、仕事熱心であり、師匠からも厚い信頼を寄せられていたそうです。
尺八製作では、京都の名工であった二代目俣野真龍(またの・しんりゅう)の門下に属し、同門には伊藤虎眼(いとう・こがん)や大井如水らがいました。
特に虎月と虎眼は、明治期の京都における優れた製管師として並び称される存在でした。
谷北無竹の記録によれば、明治30年(1897年)頃には、先輩たちが所有する尺八の多くに虎月の銘が見られたといいます。このことからも、当時すでに高い評価を得ていた製管師だったことがうかがえます。
2.樋口對山との関係
林虎月を語るうえで欠かせない人物が、明暗尺八の名手として知られる樋口對山(ひぐち・たいざん)です。
樋口對山は、明治期の尺八界において重要な役割を果たした演奏家であり、明暗尺八の伝承と発展に大きく貢献しました。
京都に移った對山は、虎月の製作する尺八に着目し、両者は親密な関係を築いたとされています。
對山が居住していた六波羅と、虎月の住む大佛前は比較的近く、頻繁に往来できる環境にありました。
虎月の尺八は對山の演奏を支え、對山の名声が高まるにつれて、虎月の製管師としての評価も高まっていったと考えられます。
その関係を象徴する逸話として、對山が愛用していた「電」という銘の尺八があります。
これは六節の太管で、虎月作品の中でも屈指の名管と伝えられています。ところが、對山が名古屋から帰る途中、柘植駅で乗り換える際に車内へ置き忘れ、ついに手元へ戻らなかったそうです。
對山はこの尺八を失ってから、会心の演奏ができなくなったと伝えられています。
名演奏家にそこまで惜しまれたという逸話は、虎月の製作技術を物語る興味深い記録です。
3.林虎月の尺八の特徴
林虎月の尺八は、現在の一般的な地塗り尺八とは異なり、古い明暗尺八の製作思想を色濃く残している点が特徴です。
特に注目されるのは、竹材そのものの個性を活用した構造と、息の抜けの良さです。
① 竹材の自然な姿を生かす
虎月作品には、肉厚で力強い竹材を使用したものが見られます。根節の形状や竹の太さを生かし、必ずしも外観の均整だけを優先しない、古管らしい造形が魅力です。
② 地無し構造
虎月の現存作例には、地無し管が確認されています。地無しとは、竹の内部を厚い地材で整形するのではなく、竹本来の内径や節の形状を生かす製作方法です。竹ごとの個性が音色に現れやすく、独特の響きが生まれます。今回の尺八も地無し管ですね。
③ 息の抜けと音色
虎月の尺八は、息の抜けが良く、まろやかな響きを持つものとして評価されています。
特に、吹き込むほどに音の魅力が増すという評価が伝えられており、長く付き合うことで真価を発揮する楽器だったようです。
ただし、虎月作品にも細管、太管、管内の加工状態などに個体差があるため、すべての作品が同一の構造や音響特性を持つわけではありません。
4.代表的な作品
林虎月の作品には、通常の寸法で呼ばれる尺八のほか、所有者や演奏家によって固有の銘が与えられた名管が存在します。
代表的なものとして、次の作品が挙げられます。
① 銘「秋草」
虎月の代表的な作品として、現在も音源を通じてその響きを知ることができる貴重な尺八です。
一尺九寸管として紹介されており、浜松市楽器博物館が制作したCD『地無し尺八の世界 ~瞑想の奥へ、響きの彼方へ~』には、この「秋草」を使用した古典本曲「虚空」が収録されています。
単なる収集品ではなく、実際の演奏を通して音響的な特徴を確認できる点でも重要です。
② 銘「水辺」
津田宗雲による蒔絵が施されており、尺八という楽器に美術工芸品としての価値を加えた作品です。
古い尺八には、製管師とは別の人物が管銘を付けたり、蒔絵装飾を施したりする例があります。
このような作品は、製作技術だけでなく、所有者の趣味や当時の尺八文化を知る資料としても興味深いものです。
③ 銘「電」
前述の樋口對山が愛用した六節の太管です。
現存が確認できているわけではありませんが、歴史的な逸話の中では虎月を代表する名管の一つといえるでしょう。
④ その他の現存作例
尺八研究者・愛好家による実測記録には、虎月の焼印を持つ次のような尺八も紹介されています。
| 作品 | 特徴 |
|---|---|
| 一尺九寸三分管 | 肉厚の竹材を使用。比較的すっきりした音色 |
| 一尺七寸六分管 | 地無し構造。管尻の内径が狭い |
| 一尺七寸太管 | 太く力強い竹材。広い歌口を持つ |
これらは個人所蔵の調査例であり、すべてが林虎月の真作と確定したものではありませんが、虎月銘の尺八の多様性を知るうえで参考になります。
5.都山流との関係について
林虎月の尺八は、都山流との関係を考える場合、少し注意が必要です。
都山流は、初代中尾都山が明治29年(1896年)に大阪で創始した流派です。従来の虚無僧尺八とは異なり、箏曲や三絃との合奏、新しい本曲の創作などを積極的に推進しました。
一方、林虎月は京都の二代目俣野真龍門下であり、樋口對山との関係からも、明暗尺八の系譜に位置づけるのが適切です。
興味深いのは、同じ真龍門下の大井如水が、後に都山流の製管師となったと記録されていることです。
つまり、明治期の京都では、明暗尺八の伝統的な製管技術が、近代的な尺八製作へと受け継がれていく過渡期にあったと考えられます。
林虎月自身を都山流専属の製管師と断定できる資料は確認できませんが、その製作技術は、近代尺八の発展を考えるうえでも重要な存在です。
6.林虎月作品の銘と鑑定上の注意点
骨董品として虎月の尺八を調べる際、特に注意したいのが製作者の銘です。
実は「虎月」という銘を使用した製管師は、林虎月だけではありません。
上田流の製管師として知られる中田東作も、虎月の名を使用していたことが指摘されています。
したがって、尺八に虎月の焼印があるからといって、直ちに明治期の林虎月作品と判断することはできません。
鑑定では、次のような点を総合的に確認する必要があります。
-
焼印・銘の形状: 文字の字体、焼印の大きさ、押された位置
-
歌口の形状: 明暗系の特徴や加工技法
-
竹材: 根節の状態、竹の太さ、節間の寸法
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管内の仕上げ: 地無し構造か、後年の加工が施されているか
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伝来: 旧蔵者、箱書き、譲渡書などの有無
特に古い尺八では、製作後に歌口を修理したり、内部を削り直したりすることがあります。
こうした後加工は、製作者本来の音色や構造を変えてしまうため、骨董的な評価にも影響します。
また、古管尺八は現代の標準的な音程と必ずしも一致しません。現代の演奏に使いにくいからといって、古楽器としての価値が低いとは限らないのです。
まとめ
今回の尺八は「林虎月」ですが、明治時代の京都において、伝統的な明暗尺八の製作技術を支えた重要な製管師の一人です。
二代目俣野真龍の門下として技術を磨き、樋口對山の演奏活動を支えたことは、近代尺八史においても見逃せない功績といえるでしょう。
虎月の尺八は、均一な音程や規格化された構造を追求する現代の尺八とは異なり、竹材の自然な個性を尊重しながら、演奏家の息遣いによって豊かな音色を引き出すところに魅力があります。
そして、名演奏家が愛用した「電」、現在もその響きを聴くことができる「秋草」など、作品にまつわる逸話が残されていることも大きな特徴です。
美術品としての装飾性だけではなく、実際に音を出すことで初めて真価が分かる工芸品。それが林虎月の尺八の魅力ではないでしょうか。


■参考サイト
■その他の買取品目
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