茶道具(香合)買取ました!

茶道具(香合)買取/福岡県・骨董品|福岡市博多区にて茶碗や香合、棗や掛軸など茶道具全般を買取致しました。この香合は木製の小さな丸香合です。とても小さくかわいいので薬入れやアクセサリーの箱でも良いですね。木はとても古くシンプルですが素朴さがよい味を醸し出しています。木製の物は使えば使うほど木に深みがでて本体からにじみ出る油分などでとても艶のある香合になると思われます。私も同様に香合をピルケースとして使用しております。真鍮製の古い香合ですがやはり丸いシンプルな香合なので重宝しております。

茶道具香合の画像
自得庵 石州流 井沢 宗達だと思われます。昭和初期に小泉の屋敷の主人だった水田秀光が中心となって、当時の当主である片桐貞央子爵を軸に石州流の大同団結が図られます。その結果として、戦後に財団法人高林庵(こうりんあん)が発足し、片桐家を宗家とする一種の家元制度が成立しました。15代片桐貞泰は井沢宗達に伝授を受けています。現在は分派して石州流茶道宗家(一般財団法人高林庵,大和郡山市)と茶道石州流宗家(奈良市)という二つの宗家が存在するようです。
石州流は片桐石見守貞昌(かたぎりいわみのかみさだまさ)を開祖とします。 大名茶でありながら、千利休の精神を継承した侘びを主とした茶風です。 小堀遠州のあとを継いで、4代将軍徳川家綱の茶道指南役となりました。 この時代には体制が整っていた江戸幕府のもとで、石州流は茶道の主流になります。

茶道具の香合は香木又は練香を入れ炭点前に使います。香合を炭斗に仕込点前座に持出ますので、大き過ぎるものでは使い勝手が悪いため、程よい大きさを選びます。炭点前省略の場合、服紗或は紙釜敷の上に置き床に飾ります。風炉には香木を焚きますので、木製、竹製の香合を使い、炉は練香を焚きますので汚れにくい陶磁器を使います。貝の香合は炉風炉両用です。

香合の歴史と伝来について…

香合は香木を収納する蓋付きの小さな容器で、茶道具の一つとして広く知られています。しかし、その歴史は茶道よりも遥かに古く、仏教伝来と共に日本に伝わったと考えられています。

飛鳥時代:仏教と共に伝来

香合の起源は、飛鳥時代に仏教と共に中国から伝来した香炉にあります。当時、香は仏教儀式において重要な役割を果たしており、香炉は寺院で香を焚くために使用されていました。

平安時代:貴族のたしなみ

平安時代になると、香は仏教儀式だけでなく、貴族の生活にも取り入れられるようになりました。貴族たちは香を焚いて衣服や部屋を香りづけたり、香合わせという遊びを楽しんだりしました。この頃になると、香炉だけでなく、持ち運びに便利な香合も作られるようになりました。

鎌倉時代:禅宗の影響

鎌倉時代に入り、禅宗が盛んになると、香合は茶の湯の精神と結びつき、茶道具の一つとして重要な役割を果たすようになります。禅宗では、香を焚くことで心を落ち着かせ、座禅に集中する習慣がありました。茶の湯では、茶を味わうだけでなく、茶室の空間全体を五感で楽しむことが重要視されます。香合は、茶室に香りを添えるだけでなく、茶道具全体の美しさや調和を演出する役割を担いました。

室町時代:茶の湯の発展と香合の多様化

室町時代になると、茶の湯がさらに発展し、様々な形式や作法が確立されました。それに伴い、香合も様々な種類や形が作られるようになりました。

  • 唐物香合: 中国から輸入された香合で、金襴手、赤絵、青磁など様々な種類があります。
  • 国産香合: 国内で作られた香合で、瀬戸焼、信楽焼、伊賀焼など様々な窯元で作られています。
  • 金工香合: 金、銀、銅などの金属で作られた香合で、精巧な彫刻や透かし彫りが施されたものもあります。
  • 蒔絵香合: 漆器に金粉や銀粉で絵や模様を描いた香合で、華やかで美しいものが多いです。

桃山時代:千利休の登場と革新

桃山時代になると、茶道の祖である千利休が登場します。利休は、香合を単なる香を収納する容器ではなく、茶室の空間を彩る芸術作品として捉えました。利休は、様々な素材や技法を用いた香合を製作し、茶の湯における香合の地位を確立しました。

江戸時代:茶道の普及と香合の多様化

江戸時代になると、茶道が武士階級だけでなく、町人階級にも広く普及しました。それに伴い、香合も様々な階層の人々に親しまれるようになりました。江戸時代には、様々な新しい素材や技法を用いた香合が作られ、香合の種類はますます多様化しました。

明治時代以降:現代の香合

明治時代以降になると、西洋文化の影響で茶道の形式や作法が変化しました。しかし、香合は茶道具として重要な役割を果たし続けています。現代では、伝統的な技法で作られた香合だけでなく、現代的なデザインを取り入れた香合も多く作られています。

小堀遠州とは…

小堀遠州(1579年~1647年)は、江戸時代初期に活躍した武将であり、茶人です。幼名は与次郎、通称は七郎右衛門、官位は従五位下遠江守、号は宗甫、三斎などがあります。

生い立ち

遠州は、尾張国小堀村(現在の愛知県東海市)の出身です。父は小堀政次に仕えた武士であり、遠州自身も若い頃は武将として活躍していました。しかし、1600年の関ヶ原の戦いで徳川家康に味方したため、戦後に浪人となりました。

茶道との出会い

浪人となった遠州は、茶道を学ぶことで心を落ち着かせ、新たな人生を歩み始めました。遠州は、当時最も権威のある茶人であった千利休に師事し、茶道の奥義を学びました。

茶道の革新

遠州は、利休の茶道を学びながらも、独自の茶風を確立しました。遠州の茶風は、利休のわび茶の精神を受け継ぎながらも、華やかさと優美さを兼ね備えたものでもあります。

茶道における貢献

遠州は、茶道における様々な分野で貢献しました。

  • 茶室の設計: 遠州は、茶室の設計に優れた才能を発揮しました。遠州が設計した茶室は、利休の茶室よりも広々としており、華やかで優美な雰囲気の物が多いです。
  • 茶道具の製作: 遠州は、茶道具の製作にも携わりました。遠州が製作した茶道具は、実用性と芸術性を兼ね備えたものが多いです
  • 茶道の形式: 遠州は、茶道の形式や作法にも改良を加えました。遠州が定めた茶道の形式は、現代の茶道にも受け継がれています。

武家茶道の祖

遠州は、茶道を武家階級に広めた人物としても知られています。遠州は、徳川家康をはじめとする多くの武将に茶道を指導しました。遠州の指導によって、茶道は武士の嗜みとして広く普及しました。

遠州の影響

遠州は、茶道だけでなく、建築、庭園、書道、絵画など様々な分野で活躍しました。遠州の才能は、江戸時代の文化に大きな影響を与えました。

小堀遠州の功績

小堀遠州は、茶道の革新と武家茶道の確立に貢献した人物です。遠州の茶風は、現代の茶道にも大きな影響を与えています。遠州は、茶人としてだけでなく、文化人としても高く評価されています。

骨董品買取の福岡玄燈舎では茶道具や香合買取ります。お見積りだけでも構いませんのでお問い合わせください。福岡県内は無料出張査定致します。

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