
福岡市東区で仁清の香炉を買取りました!

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◇福岡の空は相変わらず落ち着きがない。
二つもの台風が申し合わせでもしたように日本列島へ押しかけ、テレビのアナウンサーは「不要不急の外出は控えてください」を呪文のように繰り返す。
電車は止まる。飛行機は飛ばない。高速道路は通行止め。
世間は「大変だ、大変だ」と大騒ぎである。
しかし、そんな中でも骨董屋という生き物は、まるで絶滅危惧種のカメのように慌てない。
台風が来ようが雪が降ろうが槍が降ろうが、電話一本鳴れば「ああ、行きますよ」と欠伸をしながら車に乗り込む。
世間では「危険だから不要不急の外出は控えて」と言われても、我々にとって骨董品買取は不要でも不急でもない。そう飯の種である。
もっとも、世間から見れば骨董屋そのものが不要不急の職業ではないかと言われそうだが、それは聞かなかったことにしておこう。
今回の依頼は福岡市内。「叔母が施設へ入りまして……。」
この一言で、私は依頼内容の八割を理解する。
残り二割は現場へ行けば分かる。施設へ入る。なんとも便利な日本語だ。
昔なら「隠居した」「老人ホームへ行った」と言っていたものが、最近では何でも施設。
施設という言葉には妙な魔法があって、人生の終盤をずいぶん柔らかく包み込んでくれる。
しかし、その陰で残された親族は柔らかくも何ともない。
大量の荷物を前に頭を抱えることになる。
昔の人は「立つ鳥跡を濁さず」と教えたが、人間というものは最後まで鳥にはなれないらしい。
現場へ着くと、そこには見事なまでの茶道具の山。
茶碗。棗。茶杓。水指。建水。急須。煎茶盆。茶合。香炉。木箱。桐箱。
さらに桐箱の中からまた桐箱。
ロシア人形も顔負けである。
茶道とは心を静める世界だと聞いていたが、残された家族の心は決して静かではない。
依頼主は苦笑いしながら言う。
「全部よろしくお願いします。」
この「全部よろしく」が実に恐ろしい。
骨董屋は便利屋ではない。
しかし、世間では骨董屋という生き物は、査定もすれば整理もするし、人生相談までしてくれると思われている節がある。
まあ、それも仕事のうちである。
早速、桐箱の紐を一本一本ほどいていく。
この紐というやつは実に性格が悪い。
結んだ本人は簡単に結んだつもりでも、数十年経つと知恵の輪になる。
ようやく開いたと思えば、今度は薄紙。さらに共布。そして栞。そしてやっと茶碗が顔を出す。
人間もこれくらい丁寧に扱われれば老後は幸せだろう。
中を見れば、どうやら煎茶道具が中心。
しかも小笠原流のお道具が次から次へと現れる。
叔母様は相当熱心なお煎茶の先生だったらしい。
趣味というものは実に恐ろしい。
現役時代は人生を彩る。
しかし、引退した途端、それは子や甥や姪への宿題へと姿を変える。
趣味は本人だけが楽しい。
片付けは他人が苦しい。
これが人生の収支決算である。
もっとも、骨董屋としてはありがたい。
他人の趣味で飯を食べているような商売だから、あまり偉そうなことは言えない。
査定を続ける。状態は良い。箱もある。作者名もある。
しかし、新しい。これが骨董の難しいところだ。立派だから高いとは限らない。
手間が掛かっているから高いとも限らない。
人気。希少性。時代。需要。
この四人衆が揃わなければ査定額は伸びない。
世の中、人間も骨董も似たようなものである。
実力だけでは評価されない。運もある。流行もある。タイミングもある。
骨董の世界ほど人生を映す鏡はない。
依頼主は期待したような顔で私を見る。
私は申し訳なさそうな顔をする。
この顔も商売道具である。
骨董品の査定士という生き物は、値段を付ける技術だけでは務まらない。
「申し訳ない顔」を作る技術も必要なのだ。
ところが最後の最後になって、一つだけ空気が変わった。
部屋の隅から古びた桐箱が現れたのである。
今までの箱とは明らかに年季が違う。
蓋は少し反り返り、紐は日に焼け、桐そのものが飴色になっている。
私はこういう箱を見ると少し胸が高鳴る。
箱も人間も歳を取るほど味が出るものだ。
もちろん例外もある。
中を開ける。現れたのは香炉。
一目見て、先ほどまでのお道具とは空気が違う。
古格がある。絵付けも細かい。土も柔らかい。
裏返す。「仁清」なるほど。
依頼主の目が少し輝く。「有名なんですか?」「ええ、有名です。」
有名どころの話ではない。もし本物の野々村仁清なら、私は今頃欠伸などしていない。
心臓が飛び出して救急車を呼ぶ騒ぎである。
しかし、骨董屋という生き物は夢ばかり見ていては商売にならない。
九十九回は違う。一回だけ本物。それくらいの確率である。
慎重に拝見する。時代はある。仕事も悪くない。箱も古い。
本歌写しではあるが、十分評価できる。

結局、この香炉が今回一番の査定額となった。
依頼主もほっとした表情を見せる。
「叔母も喜ぶと思います。」
その一言で商売は終わる。
骨董屋という仕事は物を買う仕事だが、本当は思い出を引き継ぐ仕事なのかもしれない。
店へ戻り、改めて香炉をじっくり眺める。
拡大鏡を覗き、釉薬を見る。高台を見る。筆致を見る。
やはり仁清本人ではない。だが、それでいい。
世の中、本物ばかりが価値ではない。写しには写しの美しさがある。
名工を目指して一筆一筆描いた誰かの努力は、決して偽物という二文字だけでは片付けられない。
人間だってそうだ。世間には「本物の成功者」がもてはやされる。
テレビに出る人。本を書く人。大会社の社長。
しかし、その陰には無数の「名もない職人」がいる。
誰にも知られず、誰にも褒められず、それでも真面目に仕事を続ける。
私はどちらかと言えば、そんな作品のほうが好きである。
骨董屋も似たようなものだ。
誰にも拍手されない。
台風の日でも走り回り、人の家で埃を浴び、木箱の紐と格闘し、値段を付け、車へ積み込む。
世間から見れば、ずいぶん地味な商売である。
それでも今日も誰かの思い出を次の世代へ渡している。
そう考えると、この仕事も悪くない。
さて、台風はまだ日本のどこかで暴れているらしい。
ニュースでは相変わらず「最大級の警戒」を呼び掛けている。
だが、私が一番警戒しているのは台風ではない。
施設へ入る前に「そのうち片付けよう」と言いながら増え続ける趣味のコレクションである。
あれこそ毎年勢力を増し、静かに家族へ上陸する、本当の意味での大型台風なのかもしれない。
では、また。
このについては下記で詳しくお話しておりますので最後までお付き合いください。宜しくお願い致します。
買取品の詳細

◇この「香炉」は京焼の香炉で仁清銘は御座いますが写しです。しかしながら時代も江戸中期の物で図柄も擦れてはいますが細やかで純和風の絵柄でした。実際に使用する骨董品というよりも茶棚やケースに入れて観賞用美術品として喜ばれると思います。傷や汚れ、ペイントロスは時代の味付けと考えて頂けると有難いです。
買取査定額

◇仁清の香炉の買取査定額もしくは評価額ですがまず写し工房の知名度と時代、状態や意匠、ほかには刻印や栞、共箱があればより高価買取&できます。ご自宅に香炉や茶道具が御座いましたら一度拝見させてください。もちろん状態や時代、作者、作品でもお値段は変わりますのでご了承ください。
■過去の仁清作品買取例

野々村仁 清桐文沈香壷 600,000円
野々村仁清 御室焼梅図筒茶碗 400,000円
野々村仁清造 狩野探幽(下絵) 宗和好 鉄絵雁図茶碗 250,000円
野々村仁清作 色絵楓皿五客 150,000円 他多数
野々村仁清とは?

野々村仁清は、江戸時代前期を代表する陶工であり、「京焼の大成者」「色絵陶器の完成者」と称えられる人物です。茶の湯の世界においては、桃山時代の豪放で力強い茶陶から、江戸初期の優雅で洗練された「きれいさび」の美意識へと移り変わる時代を象徴する作家として極めて重要な存在です。
現在でも茶道具の世界では、仁清の作品は最高峰の名品として扱われ、多くが国宝や重要文化財に指定されています。特に水指・茶壺・香炉・茶碗などは、美術品としてだけではなく茶道具としても最高級の評価を受けています。
略歴
仁清の生年・没年については正確な記録がなく、生没年未詳とされています。ただし17世紀前半から後半にかけて活躍したことは確実です。
出身は現在の京都府南丹市付近にあたる丹波国桑田郡野々村と伝えられ、本名は清右衛門といいます。
若い頃は京都の粟田口や瀬戸で修業を積み、中国陶磁や瀬戸焼、美濃焼など様々な陶芸技法を学びました。その後、17世紀半ば頃に京都・御室の仁和寺門前に「御室窯(仁清窯)」を開き、本格的な制作活動を始めます。
仁清という号は、「仁和寺」の「仁」と「清右衛門」の「清」を合わせて授けられたものと伝えられています。
当時の著名な茶人である 金森宗和 の支援を受け、公家や武家の趣味に合った優雅な茶陶を制作しました。
また、仁清は自らの作品に「仁清」という印銘を押したことで知られています。楽焼以外では、作者名を作品に記すことを広めた先駆者ともいわれています。
茶道との深い関わり
仁清の作品が高く評価された背景には、茶道の美意識の変化があります。
16世紀の 千利休 が完成させた「わび茶」は、素朴で質実な美を尊びました。
しかし江戸時代に入ると、武家や公家の文化が成熟し、茶の湯にも華やかさが求められるようになります。
その代表的な流れが金森宗和の唱えた「きれいさび」です。
仁清の作品は、
- わびの精神を失わない
- しかし雅で上品
- 四季の自然を鮮やかに描く
- 宮廷文化を感じさせる華麗さ
という特徴をもち、この新しい茶道の美意識を見事に表現しました。
作風の特徴
① 卓越した轆轤(ろくろ)技術
仁清最大の特徴は轆轤技術です。
器の厚みは均一で、わずかな歪みもなく、柔らかな曲線が実に美しく仕上げられています。
見る者はもちろん、実際に手に持ったときにも非常に心地よい感覚があります。
現代でも「仁清形」と呼ばれる美しい器形が数多く存在します。
② 色絵の完成
仁清以前にも色絵陶器はありました。
しかし仁清は、
- 赤
- 緑
- 黄
- 青
- 紫
- 金彩
- 銀彩
を巧みに組み合わせ、日本独自の色絵陶器を完成させました。
まるで蒔絵を陶器の上に描いたような豪華さを持ちながら、決して派手すぎず、気品に満ちています。
③ 四季の自然を題材とする意匠
仁清作品には、
- 藤
- 梅
- 若松
- 桜
- 紅葉
- 雉
- 牛
- 波
など日本人に親しまれてきた自然が多く描かれています。
これらは茶席に季節感をもたらし、亭主のもてなしの心を表現する重要な要素でした。
④ 絵画性
仁清の作品は「器」でありながら、一面の絵画ともいえます。
余白の取り方が巧みで、琳派にも通じる大胆な構図が特徴です。
後に 尾形乾山 や 尾形光琳 へと受け継がれていく装飾美術の源流にもなりました。
代表作品
国宝「色絵藤花文茶壺」
仁清最大の傑作として知られます。
全面に描かれた藤の花が風に揺れるように表現され、紫・緑・金彩の調和はまさに日本美術の頂点ともいわれます。
壺全体が一幅の日本画のような完成度を持ち、茶道具としてだけでなく、日本陶芸史を代表する名品です。
国宝「色絵雉香炉」
雉が立体的に描かれた香炉で、写実性と装飾性が見事に融合しています。
香炉という小さな器物の中に、日本の自然美と優雅さを凝縮した作品であり、仁清の造形力の高さを示しています。
重要文化財「色絵鱗波文茶碗」
波文様を幾何学的に配置した大胆な茶碗です。
シンプルな構図ながら非常に洗練されており、現代のデザインにも通じる美しさがあります。
茶席では四季を問わず用いやすい意匠として高く評価されています。
色絵若松図茶壺
若松を大きく描いた作品で、生命力や吉祥を象徴しています。
金彩を効果的に使いながらも、全体には落ち着いた品格が漂います。
色絵梅花文茶壺・色絵月梅文茶壺
梅花を題材にした茶壺で、春の訪れを感じさせる優雅な作品です。
白い余白を生かした構図は、日本画のような静けさと気高さを感じさせます。


仁清の美意識は、その後の京焼に計り知れない影響を与えました。
弟子や後継者たちは仁清様式を受け継ぎ、さらに尾形乾山によって芸術性が一段と高められます。また、京焼だけでなく、有田焼や九谷焼などにも装飾性豊かな色絵表現という形で影響を及ぼしました。
現在でも茶道では「仁清写し」と呼ばれる作品が多く制作されており、多くの陶芸家がその様式を学んでいます。特に春の桜、夏の青楓、秋の紅葉、冬の雪景色などを描いた仁清写しの茶碗は、季節を大切にする茶席で人気があります。
野々村仁清は、単なる名陶工ではなく、日本の茶道文化と美術史を大きく変えた革新者でした。卓越した轆轤技術、繊細で気品ある色絵、四季を映す豊かな意匠、そして茶道の「きれいさび」の精神を器の中に表現した功績は、今日でも高く評価されています。
国宝《色絵藤花文茶壺》や《色絵雉香炉》をはじめとする作品は、実用品である茶道具でありながら、日本美術を代表する芸術作品として世界的にも高い評価を受けています。仁清が築いた京焼の美は、約350年を経た現在もなお、多くの茶人や陶芸家、美術愛好家を魅了し続けています。
■参考サイト

■その他の買取品目
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