薩摩焼の買取/福岡・骨董品|福岡県春日市より薩摩焼などの陶磁器や茶道具、掛軸を多数買取させて頂きました。特に京薩摩屋本薩摩などが多く里帰り品もあり高価買取させて頂きました。ありがとうございます。薩摩焼は、もとは薩摩藩(現在の鹿児島県) で焼かれた陶磁器の総称ですが明治・大正期を中心に京都において制作された薩摩金襴手様式の陶器を「京薩摩」という。 端正な象牙色の素地に施された精緻な金彩色絵と、京都ならではともいえる洗練された意匠が特徴的で、主に欧米への輸出用に制作された焼物です。その中でも京都の三条粟田口の窯元が有名で、その土地で焼かれた物を京薩摩と呼ぶようになりました。

薩摩焼買取・福岡
京の職人が作り出す京薩摩は、その艶やかさと綿密さが評判となり、多くの京薩摩が海を渡ります。こうした欧州市場への輸出目的で生産され始めた京薩摩は海外で絶賛でしたが、7代目錦光山宗兵衛(1868~1927)は,パリ万国博覧会(1900)で見たアール・ヌーヴォーなどからヒントを得て,国内外の博覧会に積極的に出品し,高い評価を得ました。しかしながら欧州での大戦事情や、日本の急速な工業化の推進によって昭和の頃になると日本でも戦端が切られ、かつて盛況だった栗田口の窯も可動する事はなくなり、途絶えました。

薩摩焼大皿の買取

さて里帰り薩摩のお話ですが明治維新の前年、日本が初めて公式に参加したパリ万博(1867年)で、薩摩藩が出品した華麗な「薩摩錦手」が人気を博します。薩摩藩の手で国際デビューを果たした薩摩焼は、海外では「SATSUMA」と称され、明治維新を経て、万博などを通じて販路を拡げ、やがて「大輸出時代」が創出されていきました。明治時代に入ると、いち早く国際的な評価を受けていた薩摩焼は、外貨獲得のための重要産品に位置づけられます。その結果、国内の多くの産地が生産に参入、京薩摩や横浜薩摩といった「SATSUMA STYLE」の製品が隆盛しました。鹿児島では明治8年(1875)創業の十二代沈壽官により端緒が開かれ、東郷壽勝、隈元金六、慶田政太郎らが万博出品などを通じて海外輸出に参入しました。この時代の輸出品薩摩焼を里帰り薩摩と呼ぶことが多いようです。

骨董品買取の福岡玄燈舎では薩摩焼を買取ります。お見積りや査定だけでも構いませんのでお気軽にお問い合わせください。福岡県内は無料出張査定致します。